フリースロー成功率1位 (1964年, 1968年 2回)
NBA35周年オールタイムチーム (1980年)
バスケットボール殿堂 (1980年)
NBA50周年記念オールタイムチーム (1996年)
ESPN選出の『20世紀の偉大なアメリカンアスリートTop100』において36位 (1999年)
スラムマガジン誌選出の歴代NBA選手Top75において3位 (2003年)
全米カレッジバスケットボール殿堂 (2006年)
背番号『14』はサクラメント-キングスの、『1』はミルウォーキー-バックスの永久欠番
サクラメント-キングスのチーム記録
通算22,009得点は歴代1位
通算7,731アシストは歴代1位
1試合21アシストは歴代1位
NBA史上唯一のシーズン平均トリプル-ダブル達成者
通算トリプル-ダブル達成回数181回はNBA歴代1位
-順位はいずれも2009年付け
引退後-私生活など[編集]
ロバートソンは父ベイリーと母マーゼルの間で、三人兄弟のうちの一人として生まれ、差別と貧困の中で育った。幼少期の頃は癇癪持ちだったが金メダル獲得、プロ選手としての成功、結婚を経て落ち着きのある青年へと成長し、2人の娘にも恵まれた。娘の一人が腎不全を患っていたためロバートソンは自身の腎臓を娘に移植しており、この経験もあって全米腎臓財団のスポークスマンも務めた。引退後はインディアナポリスのアフリカ系アメリカ人の生活環境の向上に尽力する傍ら、シンシナティを拠点とする化学会社『Orchem』を所有し、短期間ながらCBSでNBAの解説者を務めた。1994年には彼の功績を記念し、シンシナティのバスケットボールアリーナ、シューメーカーセンターの前に9フィートの銅像が建設された。2003年には自伝『Big O』を出版している。