引退時点での生涯通算得点は18,822点、通算アシスト数は9,061、通算スティール数は1,861本で、いずれもピストンズ歴代選手中で最高の記録である。また通算アシスト数はジョン-ストックトン、マーク-ジャクソン、マジック-ジョンソン、オスカー-ロバートソンに次いでNBA歴代5位であり、スティール数は同じく歴代9位である。
引退後[編集]
2代目ドリームクラークス ワラビー ームに選出
トーマスは、1994年に行われたFIBA主催のバスケットボール世界選手権男子米国代表に選出された。この選抜は1992年に初代ドリームチームに選ばれなかったことへの埋め合わせの意味もあると言われたが、トーマスは怪我をしていたため結局プレイできなかった。
トロント-ラプターズのフロント職
引退直後の1994年から1998年にかけて、トーマスは拡張チームのトロント-ラプターズで共同オーナーと副社長の役職に就いた。
トーマスが就任してすぐドラフトが行われ、ラプターズは1順目(全体7位)でデイモン-スタウダマイアーを指名した。スタッダマイアーはトーマスに似たタイプのポイントガードで、俊敏で得点能力の高い選手だった。身長が178センチと非常に小柄だったため、スタッダマイアーを選んだことでトーマスを批判する者もいたが、このシーズンスタッダマイアーは新人王に選ばれた。