ミュージカル「エディット・ピアフ」語り。ルイ・バリエの続きです。
(大いにネタバレを含みますので、未見の方は、ご覧にならない方が良いと思われます)
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最初観ていた時、バリエは、歌手・ピアフを愛してるけれど
女性であるエディットを愛しているのではないのでは?と思った。
けれども場面が進むうち、やっぱりエディット自身をも愛していたのだと思った。
というより、エディットのこの二面は分かちがたく、すべてひっくるめて愛していたのだろう。
でも彼は、そんな恋心はおくびにも出さない。
エディットに対してお説教をし、献身的に尽くすけれど、マネージャーとしての域を超えることはない。
彼は、エディットにとって、歌うことが生きること、歌うためには恋が必要であることを知っていたのだろう。
そして、恋人の代わりはいても、自分以上にエディットを理解し、支えられる男は自分以外にいない…
そんな自負がバリエにはあったのだろう。
2幕、マルセルが死、狂乱するエディット。
医者やシモーヌ、騒ぎを聞きつけた警官が総がかりでエディットを押さえつける中、
彼はひとり黙々と、エディットが散らかした家具を直し、床に投げ出されたクッションの埃をはらう。
そして鎮静剤を打たれ、寝椅子に横たえられたエディットの頭の下にそっと置く。
「本人が良くなることをのぞんでいない」と語る医者に、つとめて平静に
「大丈夫です。エディットの気持ちの問題なら、何とでもします。私は、マネージャーですから」と返す。
そして、「こんなになってしまっては、もう歌手としての復帰は…」とつぶやく警官に対して、こう言い切る。
「私がついている限り、歌手ピアフを殺させはしない。
たとえエディットでも、そんなことをしようとしたら許さない!」
そして、誰もが去った部屋で、人形のように、うつろな眼で横たわったエディットに向かって語りかける。
「歌うんだ。
歌えば思い出すだろう?
生きてることを。
ね?エディット?」
愛する女性、大好きなスターが目の前でボロボロになっているのに、手を差し出すことはしない。
再び歩き出すためにその腕を支えることも、一緒に泣いてどん底まで落ちることもしない。
ただその人の生きる力を信じて、自分で立て、というだけなのだ。
そして、エディットの晩年、寝たきりになったエディットを見舞うバリエ。
しかし、テオと話すだけで、エディット本人には会わずに立ち去る。
ここで会わなければ、きっともう会えない。
彼には、そんな確信があっただろう。
それでも、会おうとしない。
会えば、エディットと「最後の別れ」の言葉を交わしてしまうからか。
彼女に、自分自身の最期が近いことを自覚させてしまうからか。
隠し通した、自分の想いを打ち明けてしまうことを恐れてなのか…。
最後まで、マネージャーとしての分を守り通したルイ・バリエ。
エディットの死後、彼はどう生きたのだろう。
音楽業界で、誰か別の人をサポートしたのだろうか。
けれど、エディットのレコードやCDは、聴かなかったのではないだろうか。
何となく。
史実のルイ・バリエさんはどうか分かりませんが、私のイメージでは、なんとなくそんな感じです。
甲本さんの演技は、本当に素晴らしかったなー。
また、ぜひ別の舞台で拝見したいです。
そしたまた、ぜひ甲本さんのルイ・バリエを観たい。再演があればですが![]()