脳の自浄システムが明らかに




これぞ文字通りの“洗脳”と言えるだろう。最新の研究から、マウスの脳で新たに見つかった循環システムは、脳が老廃物を排出するのに役立っている可能性の高いことが判明した。マウスの生物学的特徴は我々人類にも近いため、同様の仕組みがヒトについても見つかるはずだと専門家は期待をかける。





音史のブログ-洗脳

細胞の穴が脳脊髄液(緑の部分)を吸い上げ、脳組織に届ける様子。

液体の流れはトレーサー分子の働きにより紫に光って見える。



Image courtesy J. Iliff and M. Nedergaard, AAAS




脳の組織は、生まれつき血液脳関門と呼ばれる防壁に守られており、脳本体が血液に触れることはない。これが、微生物やウイルスなどの病原体の脳への感染を防いでいる。



 脳の組織に栄養を届け、老廃物を除去するために、脳からは脳脊髄液と呼ばれる液体が分泌されている。しかしこれまで、脳細胞から発生する老廃物を脳脊髄液が除去する具体的な仕組みは明らかにされてこなかった。



 1950年代から60年代にかけて行われた実験から、脳脊髄液が脳内を循環するのは、拡散(食用色素をコップの水に入れると広がるといったような、受動的な伝播の仕組み)の働きによるものではないかと考えられてきた。



 しかしこの仕組みだけでは動きが遅く、脳が非常に高速で活動するうえに、非常にきれいに保たれていることの説明にはなっていなかった。



 今回の研究により、1950~60年代の研究では、脳組織を洗浄し老廃物を排出するシステムを、意図せずに研究者が停止させていたことが明らかになった。



「水圧による洗浄システムがあるとの説はかなり以前から唱えられていたが、頭蓋骨を開けると、水力ポンプと同様に、この仕組みは止まってしまう。そのため、研究者は(こうした洗浄システムは)存在しないと判断した」と、ロチェスター大学医療センターの神経科学者で今回の研究を主導したマイケン・ネーデルガード(Maiken Nedergaard)氏は述べている。



 ネーデルガード氏によれば、この循環システムは「拡散の1000倍の速さを持つ」とのことで、「これまでこの仕組みが誰にも発見されていなかったのは驚きだ」という。



◆脳脊髄液から圧力を受ける脳



 ネーデルガード氏らの研究チームは、今回新たに見つかった循環システムをグリンパティック(glymphatic)系と名付けた。脳脊髄液の流れの原動力となっているグリア細胞にちなんだ命名だ。



 脳脊髄液を循環させるため、グリア細胞は血液を運ぶ血管に“足”を伸ばし、血管の外側にパイプのようなものを形成する。



 この血管の外側を取り巻くパイプには小さな穴が開いていて、ここから血管から栄養源に満ちた脳脊髄液を吸い取り、神経細胞が密集する箇所に届ける。一方、他の箇所ではこの穴が脳脊髄液を排出する役割を果たす。この仕組みにより、脳細胞への栄養供給と老廃物の排出が同時に行われる。



ネーデルガード氏が率いる研究チームは、特別な2光子顕微鏡を用いた。この顕微鏡では赤外線が用いられるため、脳細胞を損なうことなく、その生きた姿を深い部分まではっきりと捉えることができる。「こうした顕微鏡の販売が開始されたのはここ5~6年だが、神経科学に革命的な変化をもたらしている」とネーデルガード氏は語る。



 生きているマウスの脳を観察するためには、頭蓋骨を開けなくてはならない。しかしこれまでの実験とは異なり、今回の研究チームは頭蓋骨に開けた穴を小さなガラス板でふさぐことで、脳内の液体の圧力を保ちながら、観察を行った。



「観察を続けながら動画の撮影も可能だったという事実は、(液体の)流れを示すうえで非常に重要な要素だった」とネーデルガード氏は述べている。



◆研究者の“胸を躍らせる”成果



 グリア細胞を研究するシアトル大学所属の臨床神経科学者で、今回の研究には関わっていないブルース・ランサム(Bruce Ransom)氏は、今回の成果を「胸が躍る」と評価している。



「ある程度以上の圧力で循環する脳脊髄液が老廃物除去システムになっていると推測することは不可能ではなかったが、これまでは推論の域を出なかった。しかし今回の研究チームは、非常に巧みな方法でこのシステムを見つけ出した。さらにその仕組みを解き明かし、かなりの速さで老廃物を洗い流していることを示した」。



 この排出システムが見つかったことを受け、ネーデルガード氏率いる研究チームは、さらにこのシステムが持つ意味を追求している。大きなテーマとしては、排出システムがアルツハイマー病の発症に果たす役割が考えられる。アルツハイマー病は、ベータアミロイドと呼ばれるタンパク質が老廃物として蓄積され、これにより脳細胞が死滅することによって起きると考えられている。



「次はマウスを超えた領域に挑戦する必要がある。同じシステムが人間にも存在しているかどうかを確かめたい。おそらくあるだろうと私は見ている」とネーデルガード氏は述べている。



 脳脊髄液の循環システムに関する今回の研究は、『Science Translational Medicine』誌8月15日版に掲載された。










<ナショナルジオグラフィック 記事より>