やみくもな「ベクレル規制」が水産業を滅ぼす


石巻で勃発したマダラ騒動




食品に対する放射能汚染を防ぐため、政府は4月から「1キログラム100ベクレル以下」という一般食品に対する規制基準を実施した。その結果、基準を上回る農産物が発見され、その産物の生産自粛が始まっている。


 しかし、規制をかける地域の範囲をめぐって、できるだけ広い地域にかけようとする政府に対して、できるだけ小さな地域に限定にとどめたい生産者からは不満も出てきている。




仙台湾だけでなく沖合全域を対象に規制


 5月初旬、宮城県沖で漁獲されたマダラの規制を政府が求めた。これに対して石巻の水産関係者が、漁業者や水産加工業者の死活問題になるとして、規制の撤廃を政府に求める事態に発展した。


 ことの起こりは、政府の原子力災害対策本部長(野田佳彦首相)が5月1日に村井嘉浩・宮城県知事に対して出した指示だった。


 宮城県の沿岸および沖合全域の海域で漁獲されたマダラについて、当分の間、出荷を差し控えるよう関係事業者等に要請すること、というのが「指示」の内容。


 その根拠となったのは、4月21日に同県名取閖上沖で漁獲されたマダラから1キログラム当たり130ベクレルのセシウムが検出されたことだ。


 この指示を受けて村井知事は5月2日、流通団体に対して、宮城県沖の海域で漁獲されたマダラ(1キログラム未満のマダラを含む)を取り扱わないようにという出荷制限を要請した。


 これに石巻の水産関係者が反発した。4月21日の同じ検査結果をもとに、漁業者は仙台湾でのマダラ漁の自主規制に入り、県も4月26日付で流通関係者に対して同海域のマダラを扱わないようにする出荷制限を出していたからだ。




県が「仙台湾」での規制をかけた直後に国が「宮城県沖全域」の規制をかけたわけで、地元の漁業者と県がこれまで進めてきた規制システムが否定されたことになる。


 石巻の漁業者や加工業者、魚市場関係者などが組織する「石巻水産復興会議」は、5月11日、水産庁と厚生労働省に、宮城県沖すべてにかけた出荷制限を解除するよう陳情をした。


 その中で宮城県は、海域を6海域に分けるとともに、マダラについては1キロ以上のマダラとそれ以下のポンダラ、マメダラとを区分けし、海域と魚体で管理していると説明し、県による漁獲制限や出荷制限の正当性を訴え、国による規制解除を求めたという。




漁業者、水産加工業者に大打撃


 生産者側が国の対応に不信感を抱いたのは、県・漁業者によるこれまでの規制について水産庁は承知しているのに、厚生労働省がこうした実態を知らずに食品衛生法をたてにした規制をかけたのではないか、という点だ。


 また、漁業者はこれまでの検査の経験から、えさを食べる期間の短いポンダラやマメダラからは高い値の放射性物質が検出されないため、1キロ以上のものだけを規制していたのに対して、国が「1キロ未満も含める」としてきたことにも不満がある。


 マダラを獲っている漁法は沿岸の刺し網、底びき網、延縄、沖合の底びき網など様々で、これまでもマダラでは規制基準を超えるものが発見されているため、宮城県牡鹿半島以北の沿岸域では、漁獲の自主規制が行われていた。


 今回、閖上沖でも見つかったため、仙台湾にも規制が広がっていたが、国の規制は、沖合も含めた全域になる。




 漁業者への影響も深刻だが、石巻だけでもマダラを扱う加工業者は24社もあり、この規制が長期化すれば水産加工業への打撃も広がり、この24社が雇用する400人の従業員の生活も脅かされる、と関係者は嘆く。


 石巻の水産関係者の必死の陳情に対して、国側は県からの要請があれば、解除もありうるとの見解を示したという。このため、水産関係者は県からの解除要請を早期に出すよう、県に働きかけているという。


 もともと生産者側は、500ベクレルの暫定基準を100ベクレルに強化した基準が設けられたことに不満を持っていた。そのうえ、漁業の実際、水産加工の実態も無視して、生産制限や出荷制限をかけられたことで、いらだちも倍加したようだ。




規制強化の仕組みも含めた規制システムを


 国からすれば、1匹でも基準値を超える産物が消費地に出回るようなことになれば、国としての責任を追及されるという恐れがあるのだろう。しかし、産地からすれば、広範囲に規制をかけられてしまえば、産地の産業は滅びるという不安がある。


 きめ細かい検査態勢のもとで、これまでの検査実績や産地の実情に合わせた規制をかける。それでも、規制を超えるものが出てくるのなら、さらに規制の範囲を広げるなりの規制を強化する。規制強化の仕組みも含めた規制システムができていれば、消費者が規制を超える産物が出回ったことでパニックに陥ることはないだろう。


 消費者が恐れているのは、たまたま食べた産物が基準値を超えていることではなく、そういう産物を恒常的に食べるかもしれない仕組みになっていることだ。


 放射性物質に汚染された日本列島に住む私たちが、ゼロベクレルのもの以外は絶対に口にしないということは不可能だ。規制を甘くするのではなく、より厳しい監視体制で、そういうものが出回らない仕組みを整えることが大事だろう。


 今回のマダラ騒動は、消費者と生産者がどちらも納得できる対策を取る必要性を示している。






<JBPRess 食の研究所 記事より>