クジラの胸ビレ、自然に学ぶエネルギー
求愛行動を見せるザトウクジラ。海面から突き出した胸ビレには、こぶのような凹凸が見える。専門家はその場所が物理学の常識にそぐわないと指摘する。流体力学的な観点から、翼やヒレなどの構造物は後縁に凹凸を付けるのが一般的だが、ザトウクジラの胸ビレは前縁にこぶがあるのだという。下の画像は、この“コブ”をヒントに開発されたタービンのブレード。
アメリカ、ペンシルバニア州のウエストチェスター大学で生物学の研究を行っているフランク・E・フィッシュ氏は、この事実に着想を得た。クジラは胸ビレが生み出す推進力によって水中を移動する。フィッシュ氏が目指すのは、同程度の高い効率で推力を生み出せるプロペラだ。すでにカナダのトロントでホエールパワー(WhalePower)社を設立し、ファンやタービンなどの羽根の開発を進めている。
水中のクジラは胸ビレにある凹凸のおかげで、かなりの急角度でも難なく潜行することができる。アメリカ、ハーバード大学のグループは、凹凸のない滑らかなヒレと比較した。その結果、迎角(水の流れに対して胸ビレがどの程度傾いているかを表す角度)を最大で40%も大きくすることができ、水中での移動が楽になると判明したという。
ホエールパワー社の研究開発責任者スティーブン・デュワー(Stephen Dewar)氏は、「現生のクジラや化石となった古代の魚類以外で、このデザインを実現したのは当社が初めて。スムーズな空気の流れには滑らかなエッジが必要だとの常識を、ザトウクジラが覆した」と話す。
「以前、仕事で自然ドキュメンタリー番組を制作した。専門家に“ザトウクジラのコブは何のためにあるのですか?”と質問すると、“あれはただのフジツボです”という答え。しかし、実は重要な役割があったんだ」。
現在、“コブ”の技術は倉庫向けの工業用ファンに使われている。同社のファンは旧製品と比べ、エネルギーを20%節約しながら、25%多く空気を攪拌できるという。今後、風力発電のタービンにも“コブ”を取り付けてエネルギー出力20%アップを狙い、大型タービンにつきものの騒音も減らしたいと計画している。
Photograph by Jason Edwards, National Geographic (above); Photograph courtesy Joe Subirana, WhalePower (below)
<ナショナルジオグラフィック 記事より>