苦悩の色濃くするコメ栽培農家
全袋検査条件に作付け、収穫後に混乱も[福島]



 東京電力福島第1原発事故の影響に苦しむ福島県のコメ農家が、更に苦悩の色を深めている。食品に含まれる放射性セシウムの基準値が今年4月から改められ、コメなど一般食品で従来の「1kg当たり500ベクレル以下」から「100ベクレル以下」に引き下げられたためだ。農林水産省は昨年産米で100ベクレルを超えた地域でも、収穫したコメの全袋検査などを条件に作付けを認め、500ベクレル以下の地域の大半でコメが生産されるが、収穫後の混乱も予想される。


 放射性セシウムの基準値は食品衛生法に基づいて決められ、それを上回った食品は出荷できなくなる。昨年、原発事故発生を受けて厚生労働省が設定した「暫定規制値」では、穀物や野菜、肉や魚などが1kg当たり500ベクレル、牛乳・乳製品と飲料水が200ベクレルだった。4月からの新基準値では穀物、野菜、肉、魚などの「一般食品」が100ベクレル、牛乳は50ベクレル、飲料水は10ベクレル、乳児用食品は50ベクレルと大幅に引き下げられる。専門家や生産者側からは「厳し過ぎる」との批判も出たが、厚労省は「国民の安心確保のため」と押し切った。

 コメと牛肉は9月末、大豆は12月末まで暫定値を適用する経過措置も設けられたが、消費者心理に猶予期間はない。「4月以前でも100ベクレル超のものに消費者は手を出さない」(筒井信隆副農相)のが実情だ。大手スーパーのイオンが昨年11月に「放射性物質ゼロを目指す」と宣言するなど、流通業界も神経質になっている。

 こうした状況を考慮し、農水省も当初は100ベクレル超のコメが出た地域全体に作付け制限を課す考えだった。しかし、地元市町村から「農家の生産意欲が失われ、地域の将来に禍根を残す」との危機感が噴出。条件付きで作付けを認めざるを得なくなった。

 昨年、同省は「土壌中の放射性セシウムが1kg当たり5000ベクレルを超えた田んぼ」に作付け制限を行った。過去の研究データから、稲が土壌から放射性セシウムを吸い上げる率(移行係数)の目安を0・1と設定したためだ。言い換えれば、土壌に含まれる量が10なら稲に吸収されるのは1。当時の暫定規制値は「1キロ当たり500ベクレル以下」だったから、土壌ではその10倍の5000ベクレルが上限となったわけだ。


 0・1という吸収率はかなり慎重(大きめ)に見積もった数字だったため、農水省幹部は「作付け制限さえ守られれば、規制値を超えることはない」と自信を示していた。ところが、昨年11月には福島市の大波地区で500ベクレルを超えるコメが見つかり、政府が初の出荷停止を発動。その後に福島県が行った緊急調査でも2万3247戸の0・2%に当たる38戸で500ベクレルを超えていた。

 山林に降り注いだ放射性物質が沢水とともに山間部の水田に流れ込んだとみられることや、カリウムの含有量が少ない土壌では、カリウムと似た性質を持つセシウムが稲に吸収されやすいことが原因のようだ。

 こうした教訓を受けて検討されてきた今年の作付け制限だったが、結局は地元の声に押し切られる形で「寛大な措置」となった。

 100ベクレル超のコメが出た地域でも作付けが認められる条件は、出荷時に県が行う「全袋検査」を受けることと、市町村が生産農家の台帳や具体的な管理計画を作成して生産と流通の実態を把握することだ。

 農水省の決定を受け、福島・宮城両県内では100ベクレル超500ベクレル以下の61地区のうち60地区が作付けを選択し、作付け制限を受け入れるのは相馬市玉野地区だけとなった。全体では、昨年産米で500ベクレルを超えた福島、伊達、二本松市の各一部と原発周辺の警戒区域・計画的避難区域を加えた約7280ヘクタールが作付け制限の対象となり、政府は4月に正式の指示を出す。

 福島県の佐藤雄平知事は「地域の声が受け入れられた」と政府の決定を評価したが、作付けする側も見送る側も苦渋の選択には違いない。前者は「作らないと農業の担い手がいなくなる」「別の作物にも風評被害が出る」と懸念。一方、玉野地区では「地域を守るため除染を優先したい」「作ったコメを孫にも食わせられないなら作らない方がいい」との声が出ているという。


検査の態勢づくりが課題

 残された課題も多い。一つは福島県が実施するとしている全袋検査の態勢作りだ。

 食品や土壌に含まれる放射性物質の分析機器には、いろいろな種類がある。最も精度が高いのは「ゲルマニウム半導体検出器」だ。しかし、この機械は1台1500万~2000万円と高価で機械の重さも1・5~2トン。検査前に検体を液体窒素などで冷やすなど手間もかかり、とても「全袋」には対応できない。

 このため、別の機器を使った簡易検査でスクリーニングし、絞り込んでからゲルマニウム検出器にかけるという2段階方式になる。だが、簡易検査用の機器も十分な台数を確保できる見通しが立っていない。

 コメの収穫は9月下旬からの1カ月ぐらいに集中するため、検査に当たる職員のマンパワーの問題もある。先月には、精密機械メーカーの島津製作所が1検体当たり5秒で判定できるベルトコンベヤー式の検査装置の試作機を公開したが、部品の確保などがネックとなり、どこまで受注に応じられるかどうかは未知数だという。


 また、検査で「クロ」になったコメは厳重な隔離(分別管理)が必要だ。故意にせよ、過失にせよ、一般のコメに混入するなどして流通ルートに乗ることがあれば、消費者の信頼は大きく失われるだろう。

 農業現場では既に、放射性物質で汚染された稲わらや、それを食べた家畜の排せつ物などの処分方法が頭の痛い課題になっている。検査でクロになるコメが大量に出れば、こうした「放射性農業廃棄物」の処理問題はますます深刻化する。

 86年に起きたウクライナのチェルノブイリ原発事故で大きな被害を受けた隣国ベラルーシでは現在も国土の14%が放射性セシウムに汚染され、農地の汚染面積も1000ヘクタールを超えるという。コメどころ福島の再生へ向けた闘いも、残念ながら長丁場になりそうだ。






<現代ビジネス 食の研究所 記事より>