チェルノブイリ事故から25年 次世代悩ませる「不安」

 「旅行代理店で働きたい」「私は美容師になりたいの」。10代の女の子たちは、入院病棟で将来の夢を口々に語った。ウクライナ北部のチェルノブイリ原発事故で、被害の拡大阻止のために働いたり、現場周辺から避難したりした人々の子や孫たちだ。科学的に立証されていない放射能被害の遺伝におびえ、精神的な圧迫感に悩まされている人も多い。旧ソ連時代の事故発生から25年。「不安」は次世代を担う子供たちにも受け継がれている。(キエフ 佐藤貴生)

 ウクライナの首都キエフ市西部にある放射線臨床研究所。3階にある小児科の入院施設には、3~17歳の子供たちが生活する一角があった。娯楽室では絵を描いたりドミノ倒しで遊んだりする姿がみられた。

 大半の子が原因不明の複数の病状を訴えている。治療を受けて良好な検査結果が出れば、数週間で退院できるという。

 原発事故の後始末に当たった人々は「リクビダートル」(ロシア語で処理人の意)と呼ばれ、その数は事故後の5年間で30万人に上るという説もある。彼らの血を引く子には特別な証明書が発行され、中には健康の異常を訴えて入退院を繰り返す子もいるという。

 病棟の一室ではレーラさん(15)ら女子中学生3人がベッドを並べていた。キエフ周辺で暮らし、学校の定期検診などで異常が検出された。彼女たちの祖父母や親は、原発から数キロ離れたプリピャチ市などで事故に遭遇した。

 心臓などに異変が見つかったというレーラさんは、「病気のことは考えたくもない」とつぶやいた。ダーシャさん(14)も、「心臓や胃などにいくつか病気があるといわれた。母も心臓が悪い。元気になるのなら、長く入院してもいい」と話した。

 原発事故から10年以上経って生まれた子供たち。しかし、放射能による疾患の遺伝を立証するデータはない、と研究所のガサノフ副医長はいう。「リクビダートル本人に関しても、どの疾患が放射能によるものか科学的に断言できない。遺伝についてはなおさらだ」

 半面、精神的な不安は小さくない。「チェルノブイリの場合、ストレスという別の要素が病気の原因の一つだ。人々はもう25年間も、遺伝による病気になるのでは、という不安を抱き続けている」(副医長)

 同研究所を管轄する放射線医学調査センターのバジカ副所長は、「被曝(ひばく)した人から生まれた子供たちは病弱だという統計があるが、遺伝しているのは病ではなく体質だ」と話し、何世代もの追跡調査を行う方針を示す。

 さらに、バジカ氏は、福島第1原発事故に触れて「漏れ出た放射性物質はチェルノブイリの10%で、幸いなことに、チェルノブイリのように大量の核分裂生成物質が上空に舞い上がることもなかった」と述べ、双方の事故の違いを強調している。

 ◆「遺伝的影響なし」

 放射線影響研究所元理事長の長瀧重信・長崎大名誉教授も「被曝者の子孫への遺伝的な影響は科学的に認められていない」と語る。

 長瀧氏は、同研究所が広島・長崎に投下された原爆の被爆者の数万人の子孫に対し長年調査を行ってきた結果、放射能の遺伝的影響が彼らに出たという事実は「今まで一度も明らかになっていない」と指摘。「住民の被曝線量が広島・長崎よりはるかに少ない」チェルノブイリにおいて、「遺伝的影響が出ることはあり得ない」と述べた。


<産経新聞記事より>



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