仕事なんて楽しいワケがない!
プロは客に尽くして喜ぶものでしょ

日産自動車 GT-R【開発者編】その2


水:うん。だから潰瘍から血が出ても円形脱毛になっても、何も気にならないのは、トキメキがちゃんとあるからさ。メンタルヘルスで“鬱度”なんていうのを計ると、俺のは凄いよ。今90%近いんだから。

F:水野さんが鬱だったら、日本中みんな鬱ですよホント。
 “仕事を楽しむ”に戻りますが、この間仙台で試乗させて頂いた時に、開発の方にパッパッと指示を出して、メカニックの方と和気あいあい話をされて、テストドライバーの方と冗談言い合って、我々にもいろいろと面白可笑しくブリーフィングをして頂いて……。あの姿を見ていると、仕事をとても楽しんでいるように見えたんですけれども。


音史のブログ-水野4

チームのメンバーといっしょに仙台ハイランドのサーキットに立つ水野氏

水:プロの歌手で、ステージの上に立って苦しい顔をして歌うヤツがいる?あの歌って踊れる裏には何があるかと考えたことあります?
 そういうことでしょう。他の人よりもたくさん足にマメをつくって、血が噴き出してもまだやって。そうしてボロボロになるまで練習するから人よりかっこいい踊りができて、それを平気な顔してさりげなくやるからお客さんも楽しめる。そしてファンになっていく。
 エグザイルなんかどうだろう。血も滲むような地獄のトレーニングをしていると思うよ。違う?

F:そうでしょうね。彼らはうんとストイックにやっていると思います。

水:彼らがふだん適当に遊んでいて、ステージの上だけ上手に踊って……なんてあり得ないでしょう。見えないところで血ヘド吐いてやっているでしょう。

F:なるほど。そういうことですね。すると仙台はもうステージだったんですね。僕らは観客としてあそこにいたわけだ。

ステージが用意されているから、チームが頑張れる

水:そうですよ。ステージ以外の何ものでもない。お客様に事前説明する、お客様に物をお売りする、ジャーナリストの方に乗って試していただく。実は全部ステージです。
 例えば、このNTC(神奈川県厚木市にある日産の開発拠点)でもお客さんが集まる事前商談会を開いたんだけど、外部のイベント運営会社を一切使わなかった。自分たちだけでステージを作って、三百数十人ものお客さんが直接来てくださった。そこには販売店のCA(カーライフアドバイザー、つまり営業担当者のこと)の方も来て、自分たちの作ったものをここで見て、評価して、苦言を呈してくれたりするわけ。そして、その場で数十台も売れちゃうの。

F:ひゃあ。GT-Rがイッキに数十台も……。

水:そう。だからこそ血の滲むような苦労だって、何とか耐えられるわけでしょう。開発の人間が、直接お客さんと話すという営業行為もする。このように、ステージの上に全員で立つからチームって存在できる。

F:イベント会社とかは入れてないんですか。

水:入れない。入れる意味がない。
 売るのは営業だ、クレーム処理は品質保証だ。設計は開発だけしてろ、というのじゃトキメキを得られない。お客の喜ぶ顔が組織で分断されちゃうから。トキメキが得られないと、今度は仕事を“楽しみ”とかいって趣味にすり替えていくわけですよ。

F:そうでもしなきゃやっていけない。精神的に潰れてしまう……。ということですね。

水:そういうことです。

F:なるほど。お客さんの顔が見えなくてトキメキが得られないでいると、辛いばかりですものね。

水:そうだよ。タレントさんだって、ステージも約束されないで、お前、練習だけしろと言ったら、すぐにイヤになって田舎に帰っちゃうよ。でも普通の会社組織ってそうなっているよね。売るのは営業、試乗会はイベント会社に外注、お客さんのクレーム対応は品質保証って具合にさ。ステージのない歌手や役者のトレーニングと同じ行為を会社は要求している。

F:試合はないけど、ずっと練習しろということですもんね。それはきついですね。すぐにイヤになっちゃう。僕もトライアスロンの大会があるから走ったり泳いだりしてるんで、そのような具体的な目標がなければ絶対にやりません。

水:でしょ。目標もなくただやみくもに走っていたら、くたびれるだけだよね。でも、殆どの会社もそうしてるじゃない、ステージも用意しないで、お前ら歯を食いしばって働け。でも楽しめと。「仕事は自分の趣味です。楽しさです」と思えと。こういう思考パターンを求めることで、逃げているだけじゃないか。

F:なるほどなるほど。これは開発だけではなく、営業サイドにも当てはまりますね。何を考えて、どのように開発してきたかも知らされないで、お前らはとにかく売ってこい、と。営業だけやっている人というのは、すると今度は練習もしてないのにいきなりステージで歌ってこいという話ですね。

水:そうそう、そうですよ。そういうことです。だから、お客さんにちんぷんかんぷんなことを言ったりするでしょう。僕は、セールスマン教育もメカニック教育も開発の人間に先生役をやらせるようにしているし、僕自身もそうしている。まずこのクルマの全体論、趣旨と変更点、お客様にこういう説明をして、こういう反応をもらってほしいという話を、僕が全CAと全メカニックにする。GT-Rは、チーム員の開発者全員が先生です。メカニックやCAのね。それを余計な仕事を増やしたと見るか、彼らにステージを用意したと見るか、どっちで理解するかということだ。

 メンバーが仕事を楽しむためには、仕事の全体像が見えて、お客の喜ぶ顔をみんなが見ることができなければならない。会社が大きくなればなるほど、各自の仕事が分断され、社員は何のために働いているのかが見えにくくなってしまっている。そんな、日本の現状に対して、水野さんはアンチテーゼを呈しているわけです。強烈に。
 そして、話はチームのメンバー構成についてに移っていきますが、まだまだ水野節は続きます。

編集I:水野さんのチームはそうやって皆さんが共感していくわけですよね。その方々は、やっぱり会社ですから次のステージに行ってしまうこともあるのか。それとも水野さんのところでずっと囲っておくのか。メンバー構成をどのようにお考えでしょう。

水:あ、それはすごくいい質問だね。
 そういう日経ってあと何年持ちこたえて、あとどのくらい売り上げが保証されている会社なの?

I:ううっ。なかなか厳しい質問ですね。

水:そんなことも分からないのにさ、自分の将来ばっかり計算したってしょうがないんだよ。サルトルじゃないけど、まず今を最適にするというのが1つの基本にあって。じゃあ、日産って、あと何年持つと思います?日産って、今のままであと何年続くと思います?

F:誰も分からないですよね。水晶玉でもない限り、分かる筈がない。

だから俺は楽観主義者なの

水:でしょう。そんな基本の答えもないのに、自分だけ10年先まで保証したってしょうがないでしょう。だから俺は楽観主義者なの。

I:じゃあ、人が入れ替わっても、その時その時でベストを尽くす、という考え方ですか。

水:いや、人は入れ替えなきゃダメ。マンネリ化はよくないんだ。

F:そうですか。入れ替えなきゃダメですか。

水:ダメ。例えば今回はエンジンの課長さんが、交代している。前の人がどんなにしっかりやってくれていても、あるところで発想は止まっちゃう。新しい発想で制御してみようと思ったら、新しい血が必要という面もある。特にシステム制御なんてデザイナーのセンスみたいな世界があるから。

F:そうですね。ボスザルもある時期に入れ替わらないといけないですね。

水:あ、そう。俺に代われと言っているの?(笑)

F:いえいえいえいえ。親分じゃなくて若頭が入れ替わるという意味です(汗)。

水:これはレースをやっていた時代からずっと自分の中で鉄則にしていることなんだけど、だいたいチームの2割の人間を入れ替えるというのが適切だと思う。

F:それは毎年ですか。

水:もちろん毎年。

F:毎年2割の人が入れ替わる。ものすごく多くないですか、それ。

水:多くない。人間の血液と一緒で、放っておくと汚いものがたまっちゃう。時間が経つと“慣れ”と“こなし”の世界に入るから、組織が硬直化してしまう。もちろん、上司からすれば、人を替えないでじーっと維持していくことが一番楽ちんだけどね。

F:そう思いますよ。慣れ親しんでいるのですからラクチンです。

水:でも、結果的にそれが生み出すものって、慣れと思い込みと惰性なんだ。今度は、これがチームにとって最大の汚点に変わっていくわけ。

F:先ほど水野さんが仰った“阿吽”につながる話だと思うのですが、“阿吽の呼吸”がどんどん通じるようになりませんか。長くなればなるほど。

最も怖いのは“思い込みと慣れと惰性”

水:違う。慣れと阿吽は明確に違う。むしろ慣れると阿吽は落ちてしまう。思い込みになってしまう。水野さんはきっとこう思うはずだ、こう言うはずだとか言って、俺と相談もしないで勝手なことを始めてしまう。こういうことが多発する。現に起きている。

F:う~ん、“阿吽”を通り越して“思い込み”の世界に入ってしまう。

水:俺は水野さんともう3年もやっているんだからわかる。水野さんもこう言うはずだと。

F:思うに違いないと。

水:違いないと。「じゃあ何でお前、横同士の連携を取ってないんだ」と聞くと、「いや、もうシャーシの奴も(GT-Rの開発が)長いですから、きっと彼らも同意してくれると思って、もう先に動いちゃいました」と。
 ところが、その結果、とんでもない大失敗と、損害が出てしまったりする。

F:そういうことがあったわけですか、実際に。

水:山ほどある。でもそいつが特別に悪い訳じゃない。よかれと思ってやっていたんだ。それが人の性というものでしょう。
 夫婦だって結婚する時は、みんな一生あんたを見つめて大事に暮らしますって言うじゃない。で、3年たったときの姿は、公約通りかと(笑)。慣れと惰性があるから夫婦げんかって起きるんだ。

F:入れ替えができないところが大きな問題ですよね、夫婦は(笑)。

水:そうです。フェルディナントさんみたいにうまく外と2割入れ替えちゃう。カノジョを取っ換え引っ換えしていると、何とか持つのかな(笑)。

F:な、な、な.……。

水:うまくやってるよなぁ。教えてよ今度。
 冗談はさておき、ここ、絶対に記事に入れておいて。チームというのは感性を共有する組織と言ったけど、逆に言うと最も怖いのは“思い込みと慣れと惰性”なんだ。思い込みというのは特に怖い。夫婦げんかなんて、ヒモとけばすべて慣れによる思い込み以外の何物でもないでしょう。

F:思い込み……確かに。

水:だからこそ、2割ずつ替えないとダメなんだ。

F:どんどん替えた方がいいんですね、新しいカノジョに。

水:もうどんどん替えた方がいい。刺されない程度に(笑)。
 でも、夫婦ってうまくできていて、本当はちゃんと2割ずつ変わるようにできているんだよ。
 なぜか。家を買って環境を変える。子供が生まれて環境が変わる。学校に入る、就職する、結婚する。実は家庭というのも2割ずつの環境変動要因を持っているから成り立っている。あれがさ、結婚してから子供は生まれません、住むところも変わりません、仕事も変わりませんと言って、ずっと一緒にいたりしたら何が起こると思う? 考えたことあります?

F:う~ん。マンネリの極致かもしれませんね。

水:組織も同じなんだよ。2割ずつ替えた方がいい、毎年。



F:ある海外の半導体メーカーで、査定評価の低い人間を毎年下から3%必ず入れ替えている会社があるんです。どんなに頑張っていても、好不況に関係なくシビアにやっている。問答無用で、もう本当に解雇するんですよ。3%でもすごいなーと思っていたんですけど。

水:2割替えるか、1割替えるか、3割替えるかは、僕ははっきり言ってリーダーの器だと思う。リーダー中心に組織が統制されていれば、下はおそらく5割替えたってできるでしょう。でも、リーダーが弱くて組織に頼っていると、1割ぐらいしか替えちゃいけないでしょう。それは、リーダーの強さと組織との力関係でその割合は替えられる。
 ただ、僕のキャラの場合、レース時代から年2割というのを1つのポリシーとしてやっている。いろいろ試してみたけど、2割ぐらいが最適。僕のやり方だとね。

F:2割というのは、その半導体の会社と同じように下から2割という概念なんですか。

リーダーは楽しちゃいけないんだ

水:いやいや、それは違う。あくまでもチーム全体でだ。違う部署からの出入りもあるし、中にいて、車体だった人間を足回りに移しちゃうとか。車両計画をやった人間を企画に移しちゃうとかのローテーションも含めての2割。それが、組織が硬直化しないための絶対必要な条件なんだよ。
 リーダーとツーカーの固定メンバーをそろえて、リーダーがずっと楽ちんでいると、その分だけ組織は硬直化して、惰性と慣れと思い込みに入っていく。リーダーは楽しちゃいけないんだ。

F:上は楽できない。ボスは楽できない。

水:あたりきよ。

F:そうですよね、確かに。

水:そうでしょう。フェルディナントさんは本当は俺と話をしながら、あれ大丈夫かな、これ大丈夫かなって常に心配している。みんな笑って平気な顔しているけど、部下がいると絶対にそうなるじゃん。


苦しみとトキメキが同居する仕事人が作り上げた、インテリジェンスと狂気が同居する日本製スーパーカー「GT-R」。次回もお楽しみに!





<日経ビジネス記事より>



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