中国2011年~経営者にとってのチャンスとリスク

 昨年GDPで世界第2位となった中国。北京五輪に続き上海万博を成功させ、世界にその国力を見せつけた。日本にとって、輸出入ともに最大の相手国であり、あらゆるビジネスに欠かせない存在となっている。一方で内政面の課題が山積している。外交面では、日本に対する脅威が顕在化し、その影響は経済へも波及した。2011年、日本の経営者はこの国とどのように向き合うべきか。そのチャンスとリスクを俯瞰する。


中国の立地競争力はアジアでトップ


 外国企業から見た、アジアにおける進出地域として、中国が圧倒的に優位に立っている。「欧米アジアの外国企業の対日投資関心度調査」によると、2009年度、日本の立地優位性がなくなり、中国が際立つ結果となった。2年前の2007年度の調査では、アジア地域統括拠点とR&D拠点で、日本がトップにあったが、2009年度は中国がこれに代わった。そしてアジア地域統括、製造、R&D、バックオフィス、物流、金融、販売のすべての機能において、アジアでトップの地位を中国が占めた。

外国企業による各国の拠点機能別評価

  日本 中国 インド 韓国 香港 シンガポール
アジア地域統括拠点 8% (1)35%  8% 2% (3)11% (2)14%
製造拠点 1% (1)53% (2)11%  1%  1%  1%
R&D拠点 (2)15% (1)24% (3)14%  3%   1%  6%
バックオフィス 6% (1)32% (2)15%  1%  8% (3)12%
物流拠点 2% (1)48% (3)6% 1%  4% (2)9%
金融拠点 8% (1)24%  7% 3% (2)18% (3)17%
販売拠点 6% (1)42%  6% 3% (2)11% (3)9%

※各拠点ごとに国・地域を一つ選択、( )付きの数字はトップ3の順位
※回答企業180社(日本進出済み30社含む)から無回答企業を除く百分率
(出所)
「欧米アジアの外国企業の対日投資関心度調査」(経済産業省2009年度)より作成

 21世紀に入って存在感を急激に増した中国は、2007年から米国に代わり世界の経済成長のリーディングカントリーとなっている。ヒト、モノ、カネ、技術・ノウハウを自国に呼び込み、世界を囲い込む。世界中の企業が、グローバル展開するにあたって中国を中心に戦略を組み立てる。世界を視野に入れるなら日本に座して待っていてもチャンスは訪れない。


第12次5カ年計画が始動


 2011年は中国で第12次5カ年計画がスタートする。詳細は、3月の全国人民代表大会で正式に決定する。だが、昨年10月に開催された5中全会(中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議)が採択した草案が内容を示唆している。


第12次5カ年計画の「10大任務」

(1) 内需の拡大
(2) 農業の近代化の推進
(3) 産業構造の高度化と競争力の強化
(4) 均衡のとれた地域開発
(5) 資源節約型・環境重視型社会への転換
(6) 科学技術・教育立国と人材戦略の強化
(7) 社会サービスと社会インフラの整備
(8) 文化の発展の促進
(9) 社会主義市場経済の構築
(10) 互恵的開放戦略の実施

(出所)五中全会コミュニケ(2010年10月)

 方向性としては、内需主導の経済構造に転換し、所得分配を平等化することにある。これまでの中国の成長の牽引役は、2001年末のWTO加盟を機に急拡大した輸出と開発ブームに乗った固定資産投資であった。新たな成長のエンジンは、内需、なかでも個人消費の拡大である。それというのも中国の個人消費がGDPに占める比率は、35%程度とかなり低い。先進国の値は60~70%である。消費の源泉となる所得の伸びが低く抑えられてきたためだ。5カ年計画では国民所得の伸び率をGDP並みにすることが盛り込まれる。


消費大国としての中国のポテンシャル


 中国の小売売上高は、改革・開放に舵を切った1978年に1600億元(約1兆9800億円)弱であった。これが2009年には約80倍の12兆5300億元(約155兆円)に拡大している。ただし1人当たりの国民所得は、2009年で30万円前後(日本は275万円)にすぎず、都市住民と農村住民の所得の格差は3.3倍(先進国の最高は2倍前後)に開いている。

 5カ年計画の推進により、所得が増加し、格差が縮小し、消費の拡大が加速すれば、耐久消費財などのモノ需要に加え、サービス需要も刺激されよう。小売・卸、外食、物流、金融、医療・健康、環境関連など、日本企業が活躍する余地がある。


 中国の消費市場は寡占度が低いのが特徴である。省や直轄市などが、企業の活動に対して個別に認可する場合が多く、全国展開が少なかった。また、国土が広大で物流が未発達なことなども影響している。2009年の中国の小売業トップ100社の売上高合計は全国小売売上高の10%にすぎない。

 日本のラオックスを傘下に収めた家電量販店最大手の蘇寧電器も、業界シェア15%程度である。ドラッグやDIYなどの業種では、大きな全国チェーンは台頭していない。日系企業にチャンスのある分野である。


戦略的新興産業の育成とハイエンド製造業への脱皮


 第12次5カ年計画の「10大任務」にある「産業構造の高度化と競争力の強化」に関しては、戦略的新興産業とされる7分野が注目される。環境関連、次世代IT、バイオ、高度設備製造、新エネルギー、新素材、次世代自動車である。これらの戦略的新興産業の付加価値がGDPに占める割合を2015年までに8%前後にし、2020年までに15%前後にすることを目指す。これらは日本企業が得意とする分野だ。

 製造業を、組み立て加工からハイエンドなものへと高度化し、「メイド・イン・チャイナ」を「クリエイティブ・イン・チャイナ」に変えていくことも指向する。開発やデザインの拠点としての強化が、従来にも増して打ち出されよう。


新たな段階を迎えた中国経済


 中国経済は新たな段階に入った。すなわち、安い人民元と低い人件費を背景とする従来の高成長パターンは限界を迎えている。消費者物価指数は2010年11月に前年同月比5%を超えた。大都市のマンション価格は年収の12倍以上になり、バブルの様相を呈している。

 金融緩和路線を2年ぶりに転換し、2010年4月に不動産投機抑制策が打ち出されたものの、効果はまだ不十分である。2011年は、人民元の切り上げ圧力と人件費の上昇のもとで中国政府は、インフレと不動産バブルを抑制し、安定高成長を追求する綱渡りの政策に取り組む。


賃金の上昇で製造拠点としての優位性が後退


 2010年5~6月に日系工場でもストライキが連鎖的に発生した。かつて高度成長下の日本でもストが多発していたように、労働者の待遇を改善する手段として避けて通れないことかもしれない。ただ日系企業は、対応が後手になりがちである。経営の現地化が遅れているため、本社の判断を仰がねばならず、日本人トップの裁量できる範囲は小さい。また販売戦略の遂行などに追われ、経営のプライオリティとして労働問題がなおざりにされていた感もある。当面、社内のコミュニケーションを密にする以外に有効な手立てはない。早急に、中国人幹部の育成と登用を積極的に進める必要があるだろう。

 ストに呼応して、2010年の賃金は、都市部において平均20%以上も上昇した。北京では最低賃金が7月に20%引き上げられた。年明けは、さらに20.8%上昇した。わずか半年で45%の上昇である。最低月給は1160元(約1万4400円)と全国トップ水準になった。

 中国の賃金は既にベトナムやインドネシアのそれを上回っているため、生産拠点としての優位性は徐々に後退してこよう。労働集約的産業や中国を輸出拠点とする企業は、賃金の持続的上昇を前提に、グローバル戦略を再構成する必要に迫られよう。

資源競争は激化:調達ルートの再考が必要になる


 2010年は資源問題も一気に表面化した。中国政府は7月からレアアースに対する輸出規制を強化したため、9割以上を中国に頼る日系企業はその調達に奔走した。なかでも液晶TVのパネル用ガラスの研磨剤として、また自動車の排ガス用触媒にも使用するセリウムの不足は深刻となった。また高性能磁石に使用するネオジムも、省エネ機器やエコカーなどの製造に不可欠なため、日本が誇る先端製品にとって打撃となった。3カ月で数倍に跳ね上がった資源をかき集めるしかない事態が続いている。

 2011年もこの動きは止まらない。尖閣諸島などの領土問題も、軍事的重要性とともに、海底資源の権益が底流にある。アフリカなどの途上国への積極的な援助も資源の確保が主目的だ。日本をはじめ先進国は、他地域でのレアアースの採掘や代替素材の開発を進めている。だが、効果が出るのは早くても2012年以降になるため、2011年は正念場になる。

 さらにレアアース以外の資源にも、中国の輸出制限が飛び火する可能性がある。例えば日本が中国に4割を依存するリンは化学肥料に欠かせない3大素材の1つ。食糧自給にも影響する。重要資源を中国から一極購買する現状を改め、分散化させることは急務である。


数々のビジネスリスクを乗り越える覚悟が肝要


 2011年はポスト胡錦濤体制の助走期間となる。中国政府が内政問題に対して敏感になりやすくなることにも留意したい。国家主席の後任は、習近平にほぼ固まったものの、首相などの要職を巡る派閥争いが激化する。日本との歴史問題、領土問題、資源問題、安全保障問題などは政争の具になりやすい。

 2010年9月、フジタの社員4人が拘束された前日、筆者は当地の石家庄に滞在していた。しかし、この問題に関するテレビ報道はほとんどなかった。こうした事件は、マスコミではなくインターネットを通じて広がる。デモの呼びかけや日本製品の不買運動などもネットが媒介する。ネット人口4.2億人の動向は侮れないものとなっている。

 中国への安易な進出は手痛い結果を招く。ここ数年、現地法人の解散、撤退、合弁解消などが、新規法人の設立よりも増加しているのが実態である。業績悪化やグローバル戦略の変化もあるが、「提携企業との信頼関係の喪失」といった理由も多い。2010年はダイハツ工業と一汽吉林汽車、ミヨシ油脂と南僑化学工業などが合弁解消を発表した。

 日系企業は、中国現地法人における人材登用に問題が多い。加えて、販売チャネル、サプライチェーンマネジメント、広告に弱点がある。日本で成功しているビジネスモデルが中国では通用しないことを肝に銘ずるべきだ。中国ビジネスにおいては、スピードとリスクを取る決断力が一段と求められる。



<日経ビジネス記事より>




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