今日は、新しい素材の布のお話。


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 上の写真は,ある布の断片を2方向から見たものだ。この布を採用したメーカーによれば,たった3mmの厚さで80mmの従来材と同じ機能を果たすとい う。この優れた性能が買われ,既に2010年に運行開始予定の京成電鉄の新型「スカイライナー」への搭載が決まっているほか,自動車メーカーからも注目さ れている。

 車体の軽量化や車内空間の拡大に貢献するこの布,一体どこに使うものなのか。


 前述の布の用途は座席(シート)である。「3mmの厚さで80mmの従来材と同じ機能を果たす」というのは,車いすの座面に使ったときの座り心地で,従来材とはウレタンフォーム製クッションのこと。大幅な軽量化が可能になる。

 その効果が顕著に表れるのが,自動車のシート。金属ばねとウレタンフォーム,緩衝材,表皮材から成る従来のシートを,この布一つで置き換えられる。質量は約0.3k~0.5kgと,従来の約3.5kgに対して圧倒的に軽くなる。

 この布地の正体は,川島織物セルコンの「banex」。その名の通り,布の伸びを利用したばね性を持つ*1。

 構成するのは,2種類の繊維だ。前ページの写真の青い部分は,一般的なポリエステル繊維。もう一方の黒い糸は「弾性糸」と呼ばれる伸び性に優れた繊維である。こちらもポリエステル系だが,青い糸とは組成が異なるという。

 これらの糸を「ダブルラッシェル編機」により,立体的な布に仕上げる*2。編む際には弾性糸にテンションをかけるので,弾性糸は縮もうとする。そのため,「製品の寸法を安定させるのが難しい」(同社)ようだ。

 こうして出来上がった布が優れたクッション性を発揮するのは,特に黒い糸が持つ伸び性と立体編物としての3次元構造によるところが大きい(図1)。つま り,人が座ったりしたときにかかる圧力を布の面方向に広く分散させることができるのだ。これに対し,ウレタンフォームでは基本的に,圧力を厚さ方向だけで 支える。沈み込んだ部分やその周辺部では気泡が押しつぶされるため,密度が高まりクッション性が低下してしまう。従って,座り心地を高めるには相応の厚さ が必要になる。一方,強い復元力を持つ伸縮性布地なら,その厚さを抑えられるというわけだ。


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  図1●クッション性の原理
ウレタンフォームが,気泡がつぶれたり元に戻ったりすることでクッション性を発揮するのに対し,伸縮性布地は面方向に圧力を分散させる。




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    図2●体圧分布の測定結果
厚さ30mmのウレタンフォームを車いすの座面に載せた場合に比べて,伸縮性布地は局部的な荷重が少なく,1時間後(下)の変化も少ない。


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    図3●座面にかかる圧力の平均値
厚さ5mmのスポンジをポリエステルの生地で挟んで縫製したものに比べて圧力の集中が少なく,体圧分散性に優れる。

ウレタンフォーム(厚さ30mm)を車いすの座面に載せたものと比べると,伸縮性布地の方が長時間の使用でも体圧の分散を維持できる(図2)。また,スポンジ(同5mm)との比較でも,伸縮性布地の方が体圧分散性に優れることが確かめられている(図3)。

*1 ポリエステル系の繊維のみから成るのも利点だ。構成部材の点数を減らせるので組み立てや分解が容易。リサイクル性に優れる。

*2 このほか,織物や「シングル編機」を使った編物もラインアップする。

           <日経ものづくりより>