今日はあの東日本大震災から15回目の3月11日となりました。


まずは震災で亡くなられた方、そして今も行方不明の人々合わせて二万人近い犠牲者に黙祷を捧げます。
あの日も地震の直後に猛烈な雪が降りました。
まるで天が泣いている様に……

私の近しい人で「この時……」となった方はいないのですが、一応被災者の一人として当事の事を振り返りたいと思います。

当事、新卒で入った会社を辞め、宮城県の実家でUターンニートという恥ずかしい状態だった私。

その日もこれから大地震が起きるなどとは夢にも思わず、その時ハマっていたネトゲのイベントの開催待ちを呑気にしていた時でした。


15時少し前、おや?地震か?結構揺れるな……えっえっ、まだ収まらないどころかどんどん揺れが大きくなって……ウワァァァーーーーーー!!

大きく揺れていた時間は3分にも満たなかったのでしょうが、もっと長い間揺れていた様に思えました。

そして揺れが収まった後、まずは家族の安否確認。
一階に居た母親は無事、用事で仙台市内に出かけていた父親の安否もこの時点ではまだ携帯電話が繋がったので確認出来ました。

次に家の被害状況を確認。
家の中は色々な物が散乱し足の踏み場もない状態、ドアや窓は枠が歪んだせいか開け辛くなったり逆に開きっぱなしになったり、後日の片付けと補修にかなり骨が折れました。

大きな家具は転倒防止の器具を付けて居たおかげで倒れてはきませんでしたが、器具の片側が強引に引っ剥がされた様な状態になっていて揺れの凄まじさを認識させられました。

そして停電に断水、ガスも止まってライフラインが軒並み断たれ、テレビもネットも見れない情報に置いても暗闇の中、復旧迄の長い数日間を過ごす事に……

本震の後も大きい余震がかなりの回数来て、まったく気が休まらなかったです。

実家が山の方にあったので「大きい地震に遭って色々大変だったよ〜」くらいの経験で済みましたが、海沿いの地域は凄惨な事になっていると知って何とも居た堪れない気持ちになりました。

趣味のバイクツーリングで海沿いの地域に行った時は震災遺構などに立ち寄って擬似的にでもそこで起こった出来事を胸に留めようと心掛けてます。

昨年11月上旬。
南三陸町“祈りの丘”にて。