皆さんこんにちは。ferix660です。
今回も前回に引き続き、山口周著「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」で学んだことについて掲載していこうと思います。
それでは、よろしければお付き合いの程よろしくお願いいたします。
1 マツダにみる美意識
著者から見たマツダの顧客からの声に対する態度は、「一応の参考にはする」というもの。
マツダの立場としては、「客から好まれるデザインを創る」のではなく、「客を魅了するデザインを創る」。
客に媚びる・阿る視点ではなく、むしろ”上から目線”でデザインする。
ここにマツダの強みがある。
”センス”というのは、センスが悪い地域を分析すれば悪いものが売れ、良い地域を分析すれば良いものが売れる。
グローバルな現代において、センスの悪い地域に良いものが流入すればそれに傾くが、その逆は起こらない。
ここに大局を観る。
精緻なマーケティングをするのではなく、企業が対象とする市場や欲望の水準を高い位置に置く戦略を持たなければ、グローバルに見て優位な展開はできない。
(本書にて、原研哉著「デザインのデザイン」より引用)
自らの美意識を高める恩恵はここにある。
2 美に対する姿勢
「例えばふと足元の美しい花を見て『菫』と解り、言葉にした瞬間に、もう花の形も色も見るのを止めてしまう。それほど、黙って物を見ることは難しい。花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えてしまう。言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを、そのまま持ち続け、黙って見続けていれば、かつて見た事もなかった美しさを限りなく明かす」
(本書にて、小林秀雄「美を求める心」から引用)
言語化とはすなわち「十把一絡げ化」である。
一輪の花も一期一会、他のものとは全く様子を見せるのに、言語で納得した瞬間に愛でる心は失われてしまう。
言語を失くし、ただ見えるものを見ることで初めてとらえられる美しさがある。
3 美意識を磨くためのツール
① 哲学を知る
哲学からは、「⒈コンテンツからの学び」「⒉プロセスからの学び」「⒊モードからの学び」が得られる。
このうち”真面目な”人は「1」からの学びを得ようとするが、あらゆる哲学は現代科学により「偽」とされている。
ここで、「偽であるのであれば学ぶ必要はない」と拒絶する人が多いが、哲学を学ぶ意味は「1」ではなく、むしろ「2」「3」である。
それまで常識とされ、誰も疑問に思ってこなかった事象に対して、哲学者たちはどのようにして疑問を抱き、自らの仮説へと辿り着いたのか。
その仮説に対して哲学者たちはどのような態度で向かい合ったのかを学ぶことこそ、現代にも通じる「健全な反抗心」を育む。
「哲学の歴史」=「疑いの歴史」であり、無批判の受け入れを防ぐ”自分軸”形成に繋がる。
② 文学を読む
物語を通して自分なりの「真・善・美」と照らし合わせ、誰の立場に立ち何を善とし悪とするかを考える力を養う。
自身のアンテナの感度を磨く。
③ 詩を読む
メタファーを増やすことに繋がる。
詩には「人を酔わせ、舞い上がらせる力」がある。
リーダーにとって人を率いる力は必要であり、そのため洗練された言葉に触れることで語感を磨くことができる。