人に強くなる極意 佐藤優
1 真理とは
本の「はじめに」でちょろっと書いてあった程度ですが、かなり衝撃だった一文です。
「真理とは、具体的なもの」
なるほど、この文を読むまで私は真理とは抽象的なものだと解していました。
全ての人に通じるような、絶対的な概念、そんなものを真理と呼ぶのだと思っていましたが、確かに、同じ言葉を聞いても「ふーん」で終わるか「そうか!」と衝撃を喰らうかは人によります。
その人に合う表現で、適切な人から、良いタイミングで伝えられるコトこそ真理。
良い言葉に出会いました。
2 怒りの種類をちゃんと見る
昨今はパワハラが厳しく、怒鳴られることも怒鳴ることも少ないのではないでしょうか。
かく言う私も、怒鳴られることに耐性がなく、過去数回怒鳴られた時は「あ、ムリ」と言葉をシャットアウトしてしまいました。
ですが、本に書いてあるとおり、確かに冷静になると怒りにもいくつかの種類があることがわかります。
まず、シャットアウトし、可能なら逃げるべきは、「神懸かり的」な怒り。
理性さなど一切なく、こちらの言い分を聞く態度すらカケラもない状態なら、相手にするだけ時間の無駄。
次に、「フリーズさせるため」の怒り。
急に怒鳴られれば、一瞬動くことも考えることもできず、止まってしまいます。
極端に例えれば、自分が押そうとしたエレベーターのボタンが爆弾のスイッチであると知っている人から「やめろ!」と怒鳴られれば、それは適した怒りです。
こうした善的なフリーズなら良いですが、人によっては自分に都合良いようにフリーズさせてこようとしている人がいるので注意。
その時は相手の意図を汲み、思考を停止することなく何が狙いかを考えることが○。
そして次に、「庇うため」の怒り。
仕事でミスをして怒られる、一見前時代的な光景かもしれませんが、考え方によっては最も適した振る舞いとも捉えられるのです。
例えば取引先との部下のミスで、これでもか、というほどに上司が怒れば、取引先が「まあまあその辺で」となることがある。
会社内でも、課長が叱るから、その上の人が「あいつが言ってくれたから自分はいいか」と、それより上の人が出てくる必要がなくなる。
自分から嫌な役を買って出てくれている可能性があるのです。
これらを踏まえると、ただ「大きい声で叱るなんてイヤなヤツだ」と考えるのはいささか幼い感性とも思えます。
3 芸能、芸術、文芸の役割
ニーチェ処女作「悲劇の誕生」からの引用。
「悲劇を観ることで観客は自分たちの内面の不条理やそこから来る悲劇的な結末を昇華する。それがギリシャ悲劇の目的であり、ひいては芸術全体の目的でもある」
ストレス、心の澱みとも言えるものは、芸術を通して昇華させ、カタルシスを得ることができる。
また、初めて会う人でも、その態度や振る舞いを「あの映画に出てきたあの役にそっくりだな」と考えることができれば、未知のものという不安をなくすことができる。
耐性をつける意味でも、また、気分を軽くするという意味でも、芸術は有効である。