バカの壁 養老孟司

 

 

 

1 バカの壁

 

バカとは即ち一元論的な考え方であり、強固な壁の中に住むということは楽なことである。

 

例えば、話し合いの場において一神教の神を持ち出したこじつけで自分が正しいと思い込むような思考停止状態をいう。

 

自分とは違う意見、即ち壁の向こう側が見えず、あるいは存在することすら理解できず、話は通じなくなっていく。

 

また、人は「皆の意見が一致した社会が住みやすい」と思うが、そうでなく、「複数の解を認める社会」こそ住みやすい。

 

 

 

2 私は私、ではない

 

ヘラクレイトス「万物は流転する」

 

では、「万物は流転する」という言葉は流転したかというと、恐らく、古代から変わることなく伝えられている。

 

よって、言葉などの情報は永遠に変わらないと言える。

 

また、近頃は「個性」が騒がれるようになったが、これを不変のアイデンティティなどと捉えることは愚かである。

 

昔は、例えば平家物語「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」にあるように、鐘の音はいつも同じだが響きは同じではない。

 

日本でも子どもから大人になった時点で、名前が変わっていた。

 

「人は変わる」ということがわかっていたのである。

 

究極の境地は、論語「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」の心。

 

今までだって自分は何度も変わり、死んで生まれてきたも同然なのだから、死を厭うこともない。

 

 

 

3 知る≠勉強する

 

「知る」と「勉強する」はパラレルである。

 

「知る」とは、著者曰く「がんの告知」のようなものだという。

 

医者から急に「あなたはがんで、半年後には死にます」と言われれば、窓の外に咲いている桜の見方も変わる。

 

その感覚こそが「知る」ということ。

 

まあここで、「だったら法律なんて無視して暴れてやろう」と思い立つ人間もいるので、知識は怖いものでもありますが。

 

最後に、著者なりの利口とバカの測り方は、「社会的適応性」で判断するのだそうです。