先々週のミラノ出張、おしりにアムステルダム滞在をくっつけました。
アムステルダムはずっと行きたかったところ、でもできれば夏の花満開の時がいいなーとタイミング見計らっていた今回の出張。
(バカンスシーズンだったからホテルがえっらい高いのが難点)
アムステルダムに来たかった理由はこれ。
実は、アンネフランクの日記って呼んだことがなかった。
その隣の松谷みよ子さんの「私のアンネ=フランク」を小さい時に読んで、ずっとそれがアンネの日記だと勘違いして育ってました。
改めて出発前に読了。
そして、あらかじめオンラインでチケットも購入。
その時に「30 minute program」というレクチャーを見つけたので込みで予約しました。
トータルで14.50ユーロです。
Ticket types (予約手数料€ 0.50)
Adults € 9.50
Young people, 10-17 years € 5.00
Children up to 10 years € 0.50

予約後はプリントアウトして持参。
アンネフランクの家のあるエリアは繁華街からちょっと離れた落ち着いたエリア。
朝9時半からだったので念のために9時に到着。
この時すでにこんな感じでした。
(ちなみにオープンは9時から)

ずら~っと行列。
今回はアンネフランクの家に限らず、ミュージアムもすべてオンラインで予約しておきました。
お蔭で行列待ち知らず、とっても便利です。
中に入るとこのようなブロシュアがもらえます。
色々な言語に対応していますが、館内の展示は主に英語、ドイツ語がメインになります。

「30 mintues program」とっても良かったです。
15名くらいの申込者、別の入り口から建物の中に入ります。
10分くらい前になると係りの方がカギを開けてくれるのでベルを鳴らして入ります。
ブロシュアを取って時間までソファーで待っていると別の教室みたいな部屋に案内されます。
本当に教室みたい。
椅子がずらりと並んで前にはいろいろな写真や資料が並んでいます。
ガイドの方が入ってきて挨拶。
さっそくレクチャーの始まりです。
ちなみにレクチャーは全部英語ね。
「アンネフランクのフルネームを知っている人?」
「アンネフランクの生まれた場所を知っている人?」
「なんでフランク一家は当初の予定よりも早く隠れ家に移ったか知っている人?」
なんて感じで質問も織り交ぜての丁寧なレクチャー。
ちょっと学生時代を思い出して緊張してしまいました。
一般的に知られている情報だけではなく細かい情報も色々と話してくれます。
衝撃的だったのはアンネが淡い恋心を抱いていたペーター・ファン・ペルス。
彼はアウシュヴィッツ強制収容所に移され、その後オーストリアのマウトハウゼン強制収容所まで「死の行進」で移動したとのこと。
その時初めて「Death March = デスマーチ」という言葉の存在を知り衝撃を受けました。

レクチャーの後半は質疑応答。
「当時、このような造り(隠れ家がビルの後部に備わった)ビルがアムステルダムには多かったようだが、やはり同じように隠れ家生活を送って、それをかくまってサポートしていた人は多かったんですか?」
と私も質問。
ガイドさんはアンネフランクの家の上空写真を見ながら
「ここの家も数人のユダヤ人をかくまっていたけれど、のちのナチスに見つかった。ここの家は薬局でやはり同じようにユダヤ人をかくまっていたようです。そんな感じで当時アムステルダムはこのようにユダヤ人をかくまっていたオランダ人は多かったんですよ」
と説明してくれます。
レクチャーが終わったら各々館内を見学です。
隠れ家は思ったよりも広かった。
狭くて急な階段を上り下りして、屋根裏部屋も含めた空間。
ここで2家族+1名がひっそりと2年間もの間暮らしていたのです。
いちばん涙が止まらなかったのはアンネの部屋。
家具はないままの展示なのですが壁のピンナップ写真などはそのまま保存されています。
ピンナップ写真。
きれいな女優さんだったり、かわいい幼い時の写真、素敵なポストカード。
覚えがあるでしょ?
私も10代の時は自分のお気に入りのものをペタペタ壁に貼って眺めてはうっとりして。
そんな感じ。
そんな感じを隠れ家でもアンネフランクは同じようにしていたんだなーと思うと、彼女も本当におんなじティーンネージャーの女の子だったんだと痛感。
たまたまユダヤ人という人種であったためにこんな思いをする運命にあったという。
それを思うとたまらなく込み上げてくるものがありました。
どの資料をとっても彼女が特別なわけでもなく、普通のティーンネージャーの女の子。
自分の将来に希望をもって、夢があって、勉強をして、友達と遊んで、恋をして、性に目覚めて、親に反抗して、自立心をもって。

そんな彼女の存在は、きっとお父さんにとっても普通の娘だったんだと思います。
ビデオで父オットーフランクが日記を読んだ後、娘がこんなことを考えていたんだという少々驚愕の事実を知り(だってそうだよね、娘が赤裸々に性の事や親への反抗心、恋心、色々なことを書いたものを親が読んだらちょっとびっくりするものね)、そして戸惑った感じで
「親というものは結局、自分の子供の事は分からないものです」
(確かそういうことを言っていたと思う)
とインタビューに答えていたのがとても印象的でした。
そう、私はこのアンネフランクの家でユダヤ人の悲劇的な歴史を学ぶ、ということよりもどこにでもいる親子、愛情たっぷりに受け、年頃の女の子、その普通な女の子が運命によって悲しい最期を迎えてしまう、その少女の姿の方が印象的だったです。
もちろん、この悲惨な歴史の事はもっと勉強したいと思うし、機会があれば色々と訪れてみたいと思うけれど…。

私にとってアンネフランクの家というのは父と娘の想いのつまった場所、という印象が残りました。

すぐそばの西教会の塔。
隠れ家からも渡り廊下から先っぽだけが見えました。
きっと鐘の音は毎日聞こえていただろうけど、この姿を見ることはなかったんだろうなー。

アンネフランクの家の前の運河。
レンガ色のきれいな建物、青い空、緑の木々、川の流れ。
この風景も彼女は見ることなくずっと建物の後部の隠れ家で2年間もひっそりと暮らしていた。
小学生くらいには松谷みよ子さんの「私のアンネ=フランク」とってもおおすすめです。
もちろん、大人にも。
そして帰りの飛行機で読んだのはこちらの本。

杉原千畝氏がリトアニアで命のビザを発行して6000人のユダヤ人にビザを発行したのは有名な話。
この本はそのビザを持ったユダヤ人が日本に入国した際にその後どのようにして第三国に亡命できたか、それを助けるために奔走した日本人、小辻節三氏の話です。
こでも、今までとは違った歴史を知ることができてとても良い本でした。
私のアンネ=フランク 直樹とゆう子の物語 偕成社文庫 / 松谷みよ子 【全集・双書】 |



















