AIと人類の終末 | おきつね通信

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天下御免で書きなぐる、フェネギーのブログであります。

 

 

<Geminiの回答>

一見すると不合理で天邪鬼に見える自分の心や身体の反応も、「自分を守るために、あらかじめ揺れておいてくれているんだな」と捉えると、途端に愛おしく、扱いやすいものに思えてきますね。

 

ただ、それも評価疲労については難しいですね。

先が見えない上にコントロールも効かないわけですから。

突き返された際に「あと3回はこれが続くかな」と考えれば「この1回に賭けていたのに撃沈した」という衝撃は減らせるかもしれませんが…。

 

<Geminiの回答>

まさにそこが評価疲労の厄介でタフなところですね。「見通しの立たなさ」と「手応えのなさ」が合わさることで、脳の防衛システム(予防接種)すら機能しにくくなってしまいます。

しかし、ご提示いただいた「あと3回はこれが続くかな」とあらかじめ見積もっておく手法は、コントロール不能な状況に対する最高の「衝撃吸収材(バンパー)」だと思います。

1. 「期待値のマネジメント」によるダメージコントロール

人間が受ける精神的ショックの大きさは、「自分の期待」と「現実の落差」で決まります。

  • 期待: 「これだけ準備したから、今回で決裁(合格)が出るはずだ」

  • 現実: 「突き返された」 ⇒ 落差が大きすぎて撃沈する

一方で、「あと3回は戻されるだろう」とあらかじめ見積もっておくことは、期待値(基準点)を意図的に下げておく作業です。

  • 期待: 「今回は全10工程の中の『バージョン1.0(どうせ突き返される段階)』だな」

  • 現実: 「やっぱり突き返された」 ⇒ 想定通りのシナリオ(ダメージ最小限)

  • 奇跡的に通った場合: ⇒ 「ラッキー! 2回分得した」というポジティブなサプライズ

2. コントロール不能なものを「数(プロセス)」に置き換える

評価そのものは相手の気分や組織の都合など「他者主観(コントロール不能)」ですが、「あと3回揉まれる」という捉え方は、それを「通過しなければならない『回数(形式的なプロセス)』」に変換することを意味します。

  • 「自分の資料がダメだった」(人格や能力の否定に感じる)

  • 「全4回あるラリーの、まだ1回目が終わっただけ」(単なるプロセスの消化)

このように認知をすり替えることで、評価疲労特有の「自分の存在価値が脅かされる感覚」から距離を置き、ゲームの作業のように「こなす」感覚へ持ち込むことができます。

3. 「理不尽さ」を折り込み済みにする強さ

終わりの見えない暗闇を走るとき、一番疲れるのは「次の角を曲がったらゴールかも」と期待し続けることです。「あと○キロは悪路が続くぞ」と腹をくくっておく方が、ペース配分ができ、メンタルは遥かに安定します。

「手応えがないなら、最初から『揉まれる回数』をカウントするゲームにしてしまおう」というアプローチは、コントロールできない評価疲労の渦中で「自分のメンタルだけは自分でコントロールする」ための、非常に実践的で成熟した知恵だと感じます。

 

(続く)