第34回『大人への階段』 | 五目紙物店「寅屋」

第34回『大人への階段』

昭和九年六月八日(一九三四年)、
数えの二十一歳。
徴兵検査の通知書を受け取る。

自分の現在の様子を振り返り、
空しさを痛感する。
同年代の知人達は皆、
一人前として働くが、
自分はどうか…。
手掛かり足掛かりも無いと悩む。
生活の安定の無い小作の百姓では、
父の轍を践む一生で、
終わるのではないかと危惧を感じる。

母は息子のこの日の為に、
苦しい所帯より捻り出した金で、
購入したセルの布地で仕立てた着物を出す。
親の愛情を身に染みて感じて、
膝に置き眺める。
「お母さん、
通知で今日は青年訓練服で来い、
とありますから、
悪いですが、
私は服で行きます。」
生まれて初めての、
私の着物に心を残して、
服で家を出る。

公会堂には、
卒業以来の友達の顔が並ぶ。
中には誰だろうと思う様な、
顔も交じるが懐かしい。
皆一様に、
「お前、背が高くなった。」
と驚く。
学生時代は、
組でも二番目のチビが、
十九歳頃より伸び出して、
一年に十五センチも伸びる。
母は、
「春に仕立て直した着物を、
秋に仕立て直さないといけない。」
と、
ぼやいていた。

全員起立、
青年訓練所の服を着用の者は右へ。
そして試験が始まる。
その時の私の成績で、
商業専修学校卒業(夜学)、
算術八点、
国語八点、
公民七点であった。
体格検査は、
目、鼻、心音、
身長一六三.九メートル、
胸囲七六.五メートル、
体重四四キロ、
視力左右共一〇。

褌一つで囲いに入ると、
「褌を取れ。」と言われる。
緊張で、
ちじんだチンポを強く握り、
前に引っ張る。
小便の出る小さな穴を開き、
「よし回れ右。」
指定の手足の印に手足を置き、
「四つん這いになれ。」と。
肛門を開き、
尻を叩き、
「よし終わり。」
着衣をして、
検査官の前に直立不動の姿勢で立つ。
「この不忠者(国に、天皇に対して。)。
筋骨薄弱、丙種合格。」
やっと検査を済ませて、
集合場所へ。
これで検査は終了する。

人前で遠慮なく、
酒も飲めるし煙草も吸える。
早くも煙草を吸う者もいる。
どこかで急にパンパンと叩く音がする。
「お前は検査前で未成年であろう。
煙草を吸うな。」と、
制裁で何十回も両ビンタを食わす。
この検査は大切して持っていった資料より写す。

帰路、
氏神様に参拝してお礼を述べて、
学校の先生宅に行き、
丙種合格と報告する。
あのチビがと驚き、
「丙種でもいいじゃないか。
忠孝は一つ、
親に孝行しなさない。」と言われる。

母の愛情の着物に着替えて、
親戚にお礼参りを済ます。
兵役には、
甲種、
第一乙種、
丙種、
丁種、
とある。
甲種はその年に入隊する。
その数が満たなければ、
第一乙種より入隊を促進する。
丙種、
丁種は兵役免除で、
第二国民兵に編入する。
だから以後の行動は自由に過ごせるが、
国から見れば不忠者に当たる。