第21回『お遍路さん』 | 五目紙物店「寅屋」

第21回『お遍路さん』

四国は気候温暖で、
人の心はまろやかで、
信心深い。

弘法太師が開祖の八十八ケ所巡りは、
特に噂高い。

江戸時代より難病に苦しむと、
八十八ケ所を巡礼する。
四国の人はそれを、
太師のご利益で早く全快して帰れと、
餞別を渡して、
ていよく追い出す。

最初の頃は白衣を着て、
金剛杖を持ち熱心に回るが、
日が過ぎて何時頃とも無く、
乞食に落ちぶれる人々が、
集団で暮らすようになる。

巡礼の道筋は早朝より門を開けると、
早くもリーンと鈴の音が聞こえる。

お布施をしない時はオトーリと断るが、
門に立つのも修業の一つで、
経文を高らかに唱えて立ち去る。

お布施は、
お米か一銭。
だが毎日一日数多く立つ。

お遍路サンと呼ぶが、
落ちぶれて乞食になると、
ヘンドと呼ぶ。

子供の時、
このお遍路サンとヘンドを間違えて、
お遍路サンに怒鳴られる事は、
始終体験をする。

このヘンド、
集団で暮らすが様々な奇怪な話がある。

村の長者の注文で、
結婚式の祝いのお膳の注文を受けて、
配達すると、
長者戸惑い、
「知らぬ。」と。
付近に乞食が立つ。
アァそれはコチラですと、
乞食部落へ連れて行かれる。

そして無抵当で、
お金を貸します。

煙草を吸うキセルが純金のキセルであった。

私の前の池の辺に、
乞食が住み着く。
朝はイザリに変装して、
小さな箱車を竿で押して出て行くが、
帰りに池の水で手足を洗って、
銭湯に行き、
着替えて夜の繁華街に遊びに行く。

食事は、
季節の初物を食べる。
実に贅沢な生活風景でした。

大阪の天王寺の沿道で、
讃岐の乞食を見る。
乞食も出張をするらしい。

実にのんびりとした世相だった。

讃岐の特産品の中に醤油豆がある。
それは弘法太師が空豆を煎っていると、
一つが飛び出して横の水の中に飛び込む。
翌日見るとフックラと美味しそうに膨らむ。
それを醤油で味付けする。
それが名物の醤油豆の由来とか。

見苦しい病人を良く街頭で目にするから、
観光客は四国は不潔と言っていた事もあった。

たしかに、
当時は癩病(性病)患者は良く目にしたが、
その殆どは、
本土の落ちぶれた乞食の人々の姿だったのです。