無駄だな、と思うこと

結構あります。


私の場合、例えば趣味のフラメンコ。


密かなる愉しみ

(密かでなくなりましたが)として、

始めました。

ぼーっとしてたら

15年続けてます。。。



そんなにやってるならば、

生業とするためにやってるの?

と、人はききます。


「いいえ。」と

私は答えます。


なんにもならないのに、

ただやってるだけで、

「無駄」だな~とね。


自分の生活の中の「無駄」、

楽しいです。
今日は、ソレアとアレグリアスを

ギターさんに来てもらって

あわせた。



アレグリアスは、

とりあえず問題なし。

構成は至ってノルマルだし。



ソレアは、1ヶ所、

よくわかっていないところがあり

何度もあわせてもらった。



わかったような、

わかんないような。。。



コンパス、って

楽しいけど、

やっぱりまだよくわかんない。



聴いたり、

観てる時は

よくわかるんだけどね。


自分のは、ほにゃほにゃ

滑舌が悪い感じ。



ぐだくだ言ってる間に

精進しましょ。
10代の頃に影響を受けたものは

後々、ずっと引きずる。


龍の「コインロッカー・ベイビーズ」が

10代の頃のバイブルだった。

あまりの潔さに惹かれた。


春樹も読んでいた。

あの空気感も、捨て難かった。


ただ、龍の「悪いことしてます」感が

勝っていた、今思えば。


それと同時に、

サルトル。

あまりに素敵過ぎた言葉は、

今では当たり前のように

「基準」となっている。


大人になってから、龍を読んだ。

もう、自分に向かっては

書いてくれていないんだな、と

寂しく思った。


確実に、10代に向けて

メッセージを送っている人がいる。


それを読んで、聞いて、

また、引きずる人がいるのだと思うと

ちょっとうれしい。


最近になって

春樹の処女作を読み返した。


とてもいい小説だと思った。


今になっても、

そう思えるものに出会えていたことが

とてもうれしかった。


10代だったら、

素直に聴かなかったであろう

音楽がUVER。


10代の頃、

誘われても始めなかったフラメンコ。


大人になってから、

いいな、と思えることができたものには

どこまで引きずられるのだろ。