愛用のギターは「J-160E」 -768ページ目

ポール初体験!

1990年 3月7日と13日


ポールマッカトニーのワールドツアーに行く事が出来た。


早いもので、もう20年もたってしまった。


この時に生まれた子供が、20歳 成人式になってしまうなんて・・・。


僕も歳をとったものだ・・・。



実は、この公演のちょっと前に、僕は、大大大失恋汗をして


気持ち的にも、超ブルーな状態ダウン


今から考えると、笑ってしまうほど、誰でも経験する失恋なのだが・・・。


当時の僕は、地球がひっくりかえるほど、ショックをうけていた・・・。


そんな、失恋の痛手を背負って、行った公演だった。





1980年の幻の日本公演。


みなさんもご存じであろう。


大麻にての逮捕。結局、日本公演は出来なかった。


僕も、もちろんチケットを買って、この公演を楽しみにしていた。




1977年あたりも、(だった?と思う)


来日寸前のところまで、話が進んでいたのだが・・・。


結局、来日出来ず。


この時に、日本のファンだけに「ウイングス、オーバーザ、アメリカ」


と言う三枚組みのアルバムを世界に先駆けて、日本先行販売にしてくれた



その時の為に、チケット代金を貯めて、結局お流れになってしまった為に


代わりに、そのレコードを購入したのも、良い思い出となっていたので


よ~~く覚えている。



愛用のギターは「J-160E」



そんなこともあり、ようやくたどり着いた、ポールとしては初公演になるわけだ。


失恋は痛かったけど・・・。行かないわけにはいかない!!



でも実際、ポールが日本に来てくれるまで、また公演が中止になるのでは・・・


と いう不安が心の中にあった。


このような考えは


僕だけではないみたいで、ポール来日の為の署名運動みたいのが実際に


あったみたいだ。



しかし、不安が、的中?


なんと、来日予定日になる、何日か前に、ポール側の方から


体調不良による、来日遅れるという悪い知らせが届くと言う報道があった。


な!なんと、初日公演が、最終日に変更されてしまったのだ・・・。


せっかく、初日にアリーナ取れたのに・・・。と悔しい思い出がある。


結局 初めてのポール体験は3月7日の公演、スタンドでの観覧となった。



ファイブ


フォー


スリー


ツー


ワン


カウントがなり そこにポールが汗


あの ポールがいた!!!僕の大好きな、リンダも恋の矢


オープニングの「フィギア オブ エイト」が始まった時は


生涯 忘れられない。


東京ドーム 五万人を包みこんでしまう・・・。


ほんとに 凄い人だ


7日のスタンド席も、それなりに良かったが


やはり、最終日13日のアリーナ席は、ほんと良かった。


ずっと、鳥肌が立ちっぱなしだったのは、覚えている。


それと 生涯忘れられない出来事があったのだ。


「ヘイ ジュード」の時に、あのっビックリマーク あのっビックリマーク あのっ!! 


リンダと 目があったのだ恋の矢


リンダさんがこっちを向いて、間違えなく僕を見てくれて


手を振ってくれたのだ!!!絶対に!



友達に言わせると、お前みたいに誤解しているやつは 50000といるよ~。


と 言われているのだが・・・


あれは、「僕だけを見てくれて 手を振ってくれた」


と 今でも信じている。


間違いない!グッド!ははは。。。



公演には、色々な芸能人の方が、来ていて


今井美樹さんとか、さんまさんとか、見かけました。


今井さんは、普通の人のゲートからパンフレットを持って


普通に歩いていらっしゃいましたよ・・・。



愛用のギターは「J-160E」