愛用のギターは「J-160E」 -759ページ目

お世話になりました~!(2人バンド結成~初ライブ)

クラスの仲の良い友人が、エレキギターを購入した。


これをきっかけに、その友人とも、もっと親しくなり


彼の家に行ったり、僕の家に着てもらったりと、


一緒にギターを弾くようになる。そして、ベース&ドラムを入れて


いつか音譜バンドをやろう音譜と、話は進んでいった。



が・しかし・・・








 僕も 彼も、歌が苦手だった。


キャロルや、ビートルズの様な、バンドがやりたかったのだが・・・。


結局、二人とも 歌が苦手・・・・。歌えない・・・。


二人とも音痴だったのだ。汗





と 言う事で、インストメンタル(歌のない)バンドと言うか・・・


当時は二人だけだったので バンドと呼べるかな?・・・



やる事になる。


ギターを始める時にはだれでも通過する・・・。




音譜テケテケテケテケ音譜・・・・・・・のベンチャーズだった。


パイプライン ダイヤモンドヘッドを練習し始めた。


しかし・・・

自分はまだその頃、ちゃんとしたギターはまだ持っていなかった汗


ベンチャーズはエレキギターが必要なのだ。


アンプを通さなければ、ベンチャーズは出来ない。


そこで また、親にギターをねだる。


しかし、返ってくる返事は まだ 「NO!ダウン」だった。



仕方がないので、伯父に何か良い手はないか?を相談する・・・。そこで・・・。


フォークギターに付け、アンプで鳴らせる、「ギターマイク」と言う物がある事を


教えてもらう。(今で言う ピックアップだ)


なるほどひらめき電球、そのギターマイクとかいうやつを 僕の壊れてならない


エレキギターに付ければ、アンプから音が出せるのかビックリマーク・・・。


値段も まぁ そこそこ・・・。


新しいエレキギターを買うより 全然安値!!!






またまた 親にねだってみる・・・。


その位の値段なら・・・と言う事と、僕の情熱についに親も折れて


ギターマイクなら 購入しても良い と言う事で


ようやく 念願のエレキギターデビュー!が出来た!アップ


アンプは、友達の持っていたアンプが2台分のジャックが付いていた為


問題はなかった。





それから、毎日学校が終わると、友達の家に行き、練習が始まった。


まずは課題曲


「パイプライン」と「ダイヤモンドヘッド」


友達がまず


音譜テケテケテケテケ音譜・・・・とやる。


そして 僕がメロディを担当・・・。


こればっかりを、2か月間は練習したのではないだろうか。





中学2年のクラスのレクレーション会の時期が来た。


レクレーション会とは、要するに「お楽しみ会」みたいな


仲の良い友達達が、グループを組み、


コントや、マジック 歌とか色々な催しものを披露する会の事です。


もちろん 僕たち二人は「エレキギター演奏」と言う題目で、


レクレーション会に出演依頼をする。


初めてのカラオケLIVEである。







いよいよ当日・・・


そして、僕たちの順番がまわってきた。





アンプをセットする。


クラスメイトの視線と期待が僕ら2人に集まるのがわかった。


この、醍醐味!初めて経験!DASH!


音をまず鳴らして、チューニングから入る。


皆の視線をますます感じる。。。。




友達と視線を合わせる。


よし!今だ!行け!と僕が目で合図する。


音譜テケテケテケテケ音譜・・・・・と友達が弾き始める。


そして、僕がメロディを弾き始める。


おお!クラスメイトが口をあんぐりとあけ 


僕らの演奏を聴き入ってくれていた・・・


だから、今でもやめられないミュージシャンが!(自称ミュージシャンですけど・・・ははは)






あの・・・快感は今でも忘れない。






伯父に、ギターをもらった時と同時期にベンチャーズのレコードをもらった。


もう その頃は、ベンチャーズも、一時のブレーク時期からすると


落ち目になっていた時代だったが、僕らにはとても新鮮に感じた。


愛用のギターは「J-160E」

もらった ベンチャーズのベスト盤です。

(当時のレコードは、擦り切れてしまった為に、

中古レコード屋さんでつい最近同じの購入した)




このレコードを友人と何回も何回も何回も擦り切れるほど聴いた


お世話になったレコードです。


結局、また貸しのまた貸しで、僕の所に戻って来なかったのですが・・・。



2年ほど前に、中古レコード屋さんで、まったく同じ物が売っていたので


思わず、衝動買いしてしまいました。


ただの日本の編集盤なんですが・・・。


この 赤いジャケット この写真は、当時の僕にとっては新鮮でした。







そして それから3カ月後には 僕らも


いよいよ、4人組バンドが結成出来るようになる。


つづく・・・