最近子供が誰からも厳しく叱ってもらえない時代という記事があってイチロー選手が本当に子供が可哀想とコメントしていたがこのことに関する私の経験を書いてみたい。古き昭和の話と逃げを打っておきたいが。
以前校内暴力の嵐が全国的に吹き荒れ、うちの子は間違えなくいじめに遭うからどこでもいいのでとにかく私学に入れてほしいと親が子どもを預けにくるある意味塾にとっておいしい時期があった。A君もその一人だったのだが彼は少しメンタルにハンデキャップを持っていた。時折、壁と会話をしだすのだ。子供たちが面白がってちょっかいを出そうとするのは火を見るよりも明らかで先回りして何度となく一般的な話として言い聞かせていた。A君のご両親は気の毒なくらい自分の子が授業を乱していないか気にされていて度々お伺いに来られていた。ある日、A君が顔をクシャクシャにして泣いていたので声をかけたら、一生懸命黒板を写しているノート一面に赤ペンで書いてはならないことが書いてあった。「誰だ!これを書いたやつは!」普段滅多に怒らない私が髪を逆立てて怒鳴ったので教室は静まりかえった。恐る恐るB君が手を挙げた。本当に君かと三度確かめて、泣きながら胸ぐらを掴みにいったら掴み損ねて突き飛ばしてしまった。B君は尻もちをついて床に転がった。大きく息を吐き出して謝ろうとしたら泣きながらB君は「先生謝らないで。僕が悪かったのだから」と言った。その日以来A君に対する生徒らのちょっかいは全くなくなった。怖いからではないと思う。ある意味言葉で諭すのは簡単なのだ。一切の責任を被ることがない。しかし感情を爆発させることは相手のご両親によっては激しいクレームとなるし場合によっては私はクビとなり家族を路頭に迷わせかねない。その覚悟を見せるということ。これは(昭和でごめん)男の子には言葉よりも伝わる場合がある。皆が責任から逃げ保身に走り誰もが子どもたちを厳しく叱らなくなった時代。子供たちはある意味被害者ではないかと思うことがある。私もこんなに怒ったのは生涯一度だけではあるが。決して話を美化して体罰を肯定する目的ではないことを添えておく。
以前校内暴力の嵐が全国的に吹き荒れ、うちの子は間違えなくいじめに遭うからどこでもいいのでとにかく私学に入れてほしいと親が子どもを預けにくるある意味塾にとっておいしい時期があった。A君もその一人だったのだが彼は少しメンタルにハンデキャップを持っていた。時折、壁と会話をしだすのだ。子供たちが面白がってちょっかいを出そうとするのは火を見るよりも明らかで先回りして何度となく一般的な話として言い聞かせていた。A君のご両親は気の毒なくらい自分の子が授業を乱していないか気にされていて度々お伺いに来られていた。ある日、A君が顔をクシャクシャにして泣いていたので声をかけたら、一生懸命黒板を写しているノート一面に赤ペンで書いてはならないことが書いてあった。「誰だ!これを書いたやつは!」普段滅多に怒らない私が髪を逆立てて怒鳴ったので教室は静まりかえった。恐る恐るB君が手を挙げた。本当に君かと三度確かめて、泣きながら胸ぐらを掴みにいったら掴み損ねて突き飛ばしてしまった。B君は尻もちをついて床に転がった。大きく息を吐き出して謝ろうとしたら泣きながらB君は「先生謝らないで。僕が悪かったのだから」と言った。その日以来A君に対する生徒らのちょっかいは全くなくなった。怖いからではないと思う。ある意味言葉で諭すのは簡単なのだ。一切の責任を被ることがない。しかし感情を爆発させることは相手のご両親によっては激しいクレームとなるし場合によっては私はクビとなり家族を路頭に迷わせかねない。その覚悟を見せるということ。これは(昭和でごめん)男の子には言葉よりも伝わる場合がある。皆が責任から逃げ保身に走り誰もが子どもたちを厳しく叱らなくなった時代。子供たちはある意味被害者ではないかと思うことがある。私もこんなに怒ったのは生涯一度だけではあるが。決して話を美化して体罰を肯定する目的ではないことを添えておく。