戦時中の新聞記者に、言論の自由などというものは存在しなかった。
当時、何かを書くとは、命令で定められた狭い空間の中で書くことだった。
論説委員の仕事とは社説を書くことだが、当然、社説は、大本営が論評を
禁じていないものを取り扱うほかはない。
従ってどの新聞も、同じ日に同じ事件を論評するから、社説も似てくる。
この期間は、筆者の執筆生活の中で最も充実した期間であった。
それは、一句でもよい、一語でもよい、
自分の真実の気持ちを生かした部分を含ませるという喜び、
それが大きな生甲斐であったからだ。
ところが表面は差し障りのない一句一語に対して、「よく言ってくれた!」
というような趣旨の投書が、日本中の読者から殺到した。
ここに、文章修業(レトリック)にとっての二つの教訓がある。
1.読む人にとってとても重要な事柄であるなら、どんな控え目な表現でも
読む人のこころを捕まえるということである。
表現の強弱や、巧妙な問題より前に、他人に伝達すべき重要な事柄を
自分が持っているかどうか、という根本問題がある。
それがあって初めて、文章の工夫も意味があるのだ。
2.限定や限界の必要ということだ。
何を書いても良い、どんな言葉を使っても構わないという自由は、
実は、とっても始末の悪いものなのだ。
どこかに土俵のようなもの、額縁のようなものがあった方が、
本当に重要な事柄が鮮明に浮かび上がり、文章に緊張感が生まれる。
このような限定や限界を自分で作り出して、自分に課するより他に、
文章修業を進める道はないのである。