この記事は
まこっちゃさんの
「得るもの、失うもの」
http://bursted-dam.ameblo.jp/entry-bbefbf2de438801d0f813737356d8c86.html
と言う記事からテーマをいただき
勝手ながら僕なりに考えた
何か物を得るときに、同時に同じ等価分の何かが失われる
とするならば
生まれて今まで
おおよそ知ることばかりであったにも関わらず
その分の大きい代償があったということ
それは何か
これは凄く幼稚な考えかも知れないけど
失われた物は純粋さや自由ではないだろうか
人は良識を得ることで自分を保っていられる
思考できる特権を持つ人間は存在意義を求め
いくつもの概念で自分の存在を確立する
それは同時に物事に限界を定めて
自由を制限することから始まる
大人になればなるほど自由を欲するけれど
既に失った物は取り戻せず
それどころか自由に恐怖するかも知れない
逆に言えば得るわけではなく
植え付けられているのかも知れない
だから失っているのではなく
取り上げられているのかも知れない
少し話がややこしくなってきた
もっと冷静に考えてみれば
「得る」ということが自分にとって
代償を必要とするほど重要なモノならば
時間や労力を
「得る」時までに等価分失っているのかも知れない
んん
そんなこと考えるのって
嫌いじゃないんだなぁ