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毒と毒姫⑦

 

<main side>

「考えたことはあるかい? 朝、目が覚めて――鏡を見る。そこにある自分の顔。美麗だと自分で思うようなナルシストはそういないかも。だけど、少し冴えない顔だとかせいぜいそれくらいの評価だろう」

 俺に似た化け物――木枯零――は、ぐわしと俺の顎を掴んで、顔の骨がばきばき問われそうな勢いで力を加える。俺に似ていた声も、俺からかけ離れた悪魔のように、地を這うような低さになっていく。

「お前は考えたことがあるか。鏡がボクたちを偽物だと笑うんだっ! 俺は、四六時中、自身とお前を比べているっ! お前は、父親や妹、家族と共に過ごし、学校に行き、親友がいて。今では恋人もっ、そしてその中には母の影もある。
 ―― なのに、なのにっ、ボクたちはひとりぼっちだっ! 
 なぜかわかるかっ!? ボクたちはお前とは違うっ!
 ただの間違いでできたゴミくずの寄せ集めだからだっ!!」

 憎悪と嫉妬に塗れた憤怒が、俺の顔につばきとともに降りかかる。――零は俺の出来損ない。どのような行程を踏んでかは分からない。けれど、俺を生き返らせるための魔法があって、その過程でいくつもの失敗があったのは確実だ。

『唯じゃない』

 そう訴える母親――鏡花――の声が何よりもの証拠。
 あのときナイフをねじ込まれていた、血を流すぬいぐるみ。それらの失意や憎悪、嫉妬が零を作り出した。
 だけど、だけど――

「それが俺に何か関係があるのかよ」

 無意識に口がそう動いていた。
 それを聞いて零の表情に変化が現れる。顔面で渦巻く目や鼻、口が人間らしい位置に戻り始める。それは、零の中の集合意識で見解が一致したときに現れる現象。そして、出来上がった表情は歪んだ自嘲。――零がよく浮かべる表情のひとつだ。

「くっくくく……」

 最初は腹を抱えて、肩をがくがくと揺さぶりながらの静かな笑い。やがて、のけ反って真っ黒な天井を見上げながら、ぐわんぐわんと地下空間にひびく高笑いを上げた。

「あはっ、あはははっ! はーはははぁあああっ!」
「――な、なんだよ」

 柱に手をついて、自分の身体を支える零。
 腰が抜けるほど大笑いをするその姿は、ひたすらに不気味だ。金色の髪をした幼い少女もその異様さに恐れをなして、俺の影に隠れている。――俺に魔力が宿っているらしいことは分かってはいるが、正直目の前の化け物から少女を守れる自信は毛頭ない。
 頭の中で、あのとんがり帽子の魔女が、俺を笑う。

『木枯唯、お前に致命傷を負わせるのは至難の業じゃ。鏡花の意思が働いておるからのう。母が息子を想う強い気持ちが、お前を死なせないようにしておる』

 俺は簡単には死ねないらしい。
 けれど、それは結局自分の身は守れても、誰かを守ることにはつながらない。あのとんがり帽子の魔女も、一筋縄では死なない奴だった。結局、俺はあの魔女と同じように自分のエゴのためにしか、特別な力を使えないのか。

「そうだな。ボクたちがどんなに惨めでもお前には、関係などない。だって、お前は完璧な存在で、愛される権利を持っている。――ボクたちはお前に憧れていても、結局は他人だ」

 零は落ち着きを取り戻し始めた。未だに、顔の表情は崩れない。こうして、まともな顔をしている零を見ていると、鏡映しのようで不気味だ。鏡に映った自分が、自分とは違う動きをしている。違う表情をしている。

 ――だけど、その表情を見たのは、初めてだ。

 零は、がくがくと崩れ始める眼尻から、ぼろぼろと大粒の涙をこぼした。まるで長年連れ添った友の別れを惜しむように、静かに泣いたのだ。

「その一言が、お前を殺していい大義名分だ」

 零の顔面は音もなく砕け散り、中心の定まっていない不規則な渦となる。読み取れなくなる表情は、零が俺に同情してもらうことを諦めた意思表明のようだった。
 たんっと石畳の地面を蹴り、俺の懐に入り込む。風を斬る音がした。――遅れて、下腹部のあたりをずっしりと重たい感触が襲い、じわりじわりと生暖かい体液が下半身を伝うのを感じた。

 あれ……?

 冷たい刃の感覚がする。やがて、きりきりとした鈍い痛みが身体を蝕み始めた。そう、零が自らの身体を変化させた重たい刃が、俺の身体を貫いていたのだ。

 なぜ……?

 俺は訳が分からなくなった。
 俺は、そう簡単には死ねないという話ではなかったのか?

「お前は不思議に思っているだろう? なぜ、ボクたちの攻撃がお前に届いたのか」

 ああ、不思議だ。
 俺は不死身になったつもりで、校舎の窓から校庭に飛び降りた。ここで俺の身体を貫く化け物から、幼い少女を守れなくても、俺だけは図太く生き残るつもりだったんだ。それが、それが――

「お前を殺せない存在がいないわけじゃないのさ。――ボクたちはお前を殺せる。ボクたちはそのための存在だからなっ。お前の母親が、お前というゆ――」

 今は呼吸が荒くなり、意識が遠くなる。
 零が刃に変化させた右手を抜くと、俺は自重を支えきれなくなり、膝をついて俯けに倒れた。頬に大理石の冷たい感触。表面が僅かに濡れているところまでは感じ取れたが、そこで俺の意識は絶え果てた。

 閉じていく視界の中。
 銀色の髪を生やした、美しい少女の影が見えた。

<another side>

 どさっ。

 重たい音を立てて、少年――木枯唯――は大理石の床の上に倒れた。
 彼の腹部には大穴が開いていて、鮮血が床に血だまりをつくっている。唯はすでに意識を失っており、もう命自体が消え失せるのも時間の問題だろう。
 起き上がる気配のない屍になった唯を必死に揺さぶり起そうとするのは、たおやかな金色の髪を生やした幼い少女、――明日華だ。この暗い地下空間で先ほど出くわしたばかりの唯の安否を必死に気遣っている。

「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ! しっかりしてっ!」

 だが、当然起きる様子はない。
 腹部を貫かれた人間が、そう簡単に起き上がるはずがない。
 明日華は、目元に涙を浮かべて、震え上がる肩を抑えるように、二三度深呼吸をした。そして、閃光を放つ掌を唯の左半身。ちょうど心臓の裏側のあたりに翳した。閃光は眩さを強め、その輝きは少しずつ唯の身体へと移っていく。

 だが、――それを零が阻んだ。

「どけっ。君はお人好しが過ぎる」

 鞭のようにしなる腕により、明日華は頬を打たれてぶっ倒れた。

「――いいや、それともボクたちに冷たいのか。どちらにせよ、悲しい限りだ」
「邪魔しないでっ! お兄ちゃんが死んじゃう!」

「こいつはもともと死んでいるっ! ――死んでいる世界が正しいんだっ!」

 背中越しに怒号を飛ばす零。
 明日華の方へと向き直り、不規則な渦を巻いていた顔面に悲愴にまみれた自嘲を浮かべる。

「君はそれを救ってまで、何がしたい。――誰でも彼でも蘇らそうとする君を、かつての君であるスカーレットが見たらなんて言うだろうなあ」
「――あたしは、誰彼構わずやってるわけじゃないもんっ! あんたなんか、絶対傷だらけになっても治してなんかやんないもんっ!」

 ぴきり。
 零のこめかみに青筋が浮かぶ。
 零は、明日華の顎を掴んで、大理石の床に頭蓋を叩きつけた。

「――ッ!」

 頭を金槌でぶっ叩かれたかのような衝撃。金色の髪が地で染められて、明日華の視界は真っ赤に塗りつぶされた。なおも零は明日華の頭蓋を床にめり込ませんとぐりぐりと擦りつける。

「――どいつもこいつも、どいつもこいつも、どいつもこいつも。ボクたちをコケにしやがってっ、失せろっ! 失せろっ! 失せろっ! なぜ、お前はそんなに自分を肯定できるっ!? 同じ身の上だと思っていたらこれだ! もう目障りだっ! 失せろっ! 失せろっ!」

 ぐわんぐわんと揺れる視界。起き上がれない明日華をいいことに何度も何度もずかずかと下腹部を蹴り上げる。声も上げることができずにただ嗚咽を漏らし、黄色い酸っぱい匂いのする吐瀉物を唇のふちからだらりと垂らす。

「たす……け……て。おねえちゃ……」

 消え入りそうな声を漏らす。
 それは、零の耳にさえ届いていない。――しかし、その声を受け取ったかのように雷撃が零の背中を襲った。零は稲光に包まれて空中に投げ出され、小枝のように転がって支柱に下腹部を打ち付けた。

「――ててっ……」

 思ってもみない攻撃。零は戸惑いを覚えながら立ち上がる。

「誰だっ! お前はっ!」

「誰だお前はと言われたら」

 どこから照らしているのか、薄暗いだけの偽物の夜空の覆いかぶさる地下にスポットライトが当てられた。円錐状に照らされた空間に三人の少女の姿が。三人ともてらてらと光沢を放つヒーロースーツにフルフェイスと奇抜な格好をしている。
 明日華と同じ格好だ。色は黄、赤、緑と色とりどりで、戦隊ヒーローの衣装である。

「そです! わたすが変なおじ――」
「ちがうだろーがっ!」

 黄色のスーツの少女が、赤色のスーツの少女の頭部にチョップを入れた。

「なんでそこで、志村〇んなのっ!?」
「雷雷ー、ロ〇ット団の口上なんてすぐに出てこないよー」
「今はイエローと呼べっ!」

 よし、仕切り直しと咳払いをし、もう一度。

「ひとーつ、人の生き血をすすり」
「ふたーつ、不埒な悪行三昧」

 黄色と赤が言ったところで、沈黙する。黄色が緑の肩を小突いた。

「三井名っ、三つめ! 早くっ!」
「いや、なんでそんな渋いチョイスなのよっ! 時代劇なんて見ていないわよっ! さっきのロ〇ット団の口上なら、全バージョン言えるのにっ!」
「知るかっ! 安奈が覚えてないって言うからこっちにしたのよっ!」
「ちょっと、今はレッドと呼ぶんでしょっ!」
「うるさいっ! いいから、適当になんか言いなさいよ、三井名っ」

 ぶつぶつと不服そうな声を漏らしながら、緑は口上の続きを知らない頭なりに捻りだす。

「みーっつ。え、えっと……み……醜い……趣味を書いた秘密のノートをバラしてくれよう」

「三人合わせて、マジモンジャー見参っ!!」

 三人で声を合わせてポーズを取り、決めたつもりか。黄色は光の環をつくってそれを明後日の方向へと投げた。その後、まるで一時停止ボタンを押したように硬直するヒーロースーツ姿の三人。
 対して、零は三人を呆れ顔で詰っていた。

「いったいなんだ、お前らは。ふざけるつもりならよそでやってくれないか。――ボクたちは今、最高に虫の居所が悪いんだっ」

「それは、あたしたちの台詞よ。明日華を傷つける奴は――」

 零は背後から伸びる影の主を訪ねて振り返る。
 視線の先で、偽物の夜空を支えていた支柱の一本が自分に向かって倒れかかってきているのを見て、零は口をあんぐりと開けた。そう、あのとき黄色が放った光の環は、支柱を切り倒すためのものだったのだ。
 地響きとともに、零は巨大な柱の下敷きになった。

「あたしたちが許さないっ!」

 そして、三人のもとに明日華は駆けて行き、すすり泣きながら互いに熱い抱擁を交わした。

「お姉ちゃん、会いたかった。会いたかったよぅ」

 綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣く明日華。
 黄色はフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。明日華とは対照的に傷んだ作り物の金髪の少女が現れた。李雷雷。彼女は明日華を匿っていたナイトウォーカー三人のうちのひとりだ。

「ああ、あたしも会いたかった」

 そう言って、明日華に頬を摺り寄せる雷雷。
 静かに閉じた瞼の裏には、かつて自分を慕っていた妹の面影が浮かんでいた。

 

<おまけSSその91>
安奈「ねえ、ところで特撮っぽい登場シーンってどんなんだと思う?」
雷雷「とりあえず、背後爆発させときゃいいんじゃね?」
三井名「いや、あたしたち三人の中に炎系の魔法使いっていないじゃん」

雷雷「人間の身体に落とせば火はつくかも」
安奈、三井名「やめんかっ」

<おまけSSその92>
安奈「じゃあ、やっぱりなにか決め台詞とかで行こうよ!」
雷雷「三人それぞれに台詞を割り当てて言うやつか」
三井名「じゃあ、あたしいっぱい深夜アニメのマイナーなやつ知ってるよ!」

雷雷「いや、それはついていけないからゴールデンのメジャーなものにしてくれ」