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毒と毒姫⑧

 

<another side>

「スカーレット。いい子にしてたか」

 ユグドラシル。幹が幾重にも別れたガジュマルを思わせる姿。それに絡められているのは、巨大な不死の魔導石アンバー。――中に閉じ込めた物質の半永久的な保存を可能にする。それも、中身に生物を閉じ込めた場合は、意識を保ち続ける。
 琥珀色の宝玉の中ではゆらゆらと橙色の炎が揺らめき、さながらプラズマボールのよう。その中心に、美しいひとりの少女が静かに眠る。
 いや、時々苦い顔をしている。
 それを見て宿木も鏡に合わせたように苦い顔をした。

「私が目を離した隙になにかあったか? ――くそっ、所詮はただの理科教諭かっ。校庭に出向く程度で、こっちの意識が飛んだぞっ。こんな不甲斐ない身体だから、加賀見の奴にはなめられるし。散々だっ!」

 巨大なアンバーの前には、魔導石のはめ込まれた操作盤のようなものがある。見かけで言えば丁重に扱わなければいけないように思えるのだが、それを腹いせにどんっと叩く宿木。

「――あの偽物二人はどこに消えた?」

 この地下空間に、ふたりの生徒を招待した。もともとは、こちらに置いた身体の意識を保ちつつ、校庭に分身を送り込み、校庭で転送魔法を発動させるところが、予定が狂った。魔力が限界を超えてしまい、ふたつの身体を動かすだけの意識が保てなくなったのだ。結果として、一度校庭に送り出した分身にすべての意識を注ぎ込み、この場所に置いた身体は一時的に仮死状態となった。
 そして、意識が戻った今。愛しいスカーレットに別条はなかったが、姿を消しているものがいる。
 明日華と零。――スカーレットの偽物と、木枯唯の偽物。

「まあいい。所詮は偽物。ふたりとも、私には必要などない」

 宿木は歪んだ顔を邪な笑みに変え、ゆっくりと背後をふりかえる。

「私が欲しいのは、スカーレットだけだ」

 彼はスカーレットを神のごとく崇めている。それを象徴するかのように、彼女のもとへと続く階段はさながら神殿の巨大な祭壇のようだ。――おまけに、生け贄まで用意されている。
 宿木がふりかえった先には、美月が佇んでいた。美月は宝玉の中で眠るスカーレットへと悲しげな瞳を向ける。

「まだまだ問題は山積みだが、私の七百年にわたる屈辱的な時間も間もなく報われるというわけだ」

 かつかつとスカーレットのもとへと続く石段を下り、美月のところへ。

「しかしまあ、誰よりも血を重んじるお前が、まさかこれしきの手に引っかかるとはな。――あいつは、お前の血はひいていないぞ」

 宿木が顎で生贄として祀られている風香を指す。
 風香の肢体にはユグドラシルの蔓が絡みつき、身体から精力を吸い上げている。頬がこけ、青ざめた顔をしている風香。

「ここには、唯が無理矢理……」

 美月がこの場所にやって来たのは真意ではない。妹を助けたいと所望する唯に無理くりに手を引かれた。
 そう話すと宿木はのけ反りながら嘲笑った。

「まったく、言い訳がましいのは変わらんなあ」
「あなたが発現したのはいつの話?」
「その言葉はそっくりそのまま返すよ。――まあ、見当はついているさ。木枯唯の影に会ったんだろ? 私も彼の手によって発現させられた」

 美月は目を見開く。後ずさりをして肩を硬直させた。――美月は、彼に知られてはいけないことを知られたのだ。木枯唯が一度死んでいて、彼の蘇生のために禁制を犯したこと。

「――今生きている木枯唯は、鏡花、お前が蘇生魔法によって蘇らせたものだ。お前は七百年前の自分の娘のことを忘れて、七年前に死んだ私の血の混じっていないガキのために、禁制魔法を破ったんだ」

 スカーレットは七百年前、中世の時代に死んだ。アンバーに閉じ込められて時がとまったかのような美しさを保ってはいるが、その目が開かれたことは、この七百年の間一度もない。
 木枯唯が事故で死んだのは、七年前。
 七百年前に死んだ娘の命にすがり続ける父親。
 それを捨て、生き続けるも自らの息子を失い、結局はその命にすがりついた母親。
 そして、蘇生魔法を成し遂げられ、息子は蘇った。――つまりは、夫とその娘を裏切ったのだ。

「私が禁制魔法を敷いた意味は、先を越されないためだ。伝承による抑止力、それでも分からない愚か者には、スカーレット自身を
して罰を与えた。だがそれもお前が、すべて台無しにした。――でもまあ、いいさ」

 かつかつと石段を革靴で踏み鳴らし、宿木は美月のもとへと歩み寄る。そして、彼女に向かって右の手を差し出し、握手を求めた。

「スカーレットを蘇らせる手伝いをしてくれるというのならば、この件は見逃してやろう。もともと、私には専門外の魔法だ。――お前がそれを成功させたことは喜ばしい限りだ」

 しかし、差し出された宿木の右手に、美月は自らの右手を重ね合わせようとはしない。両の手は握りしめられたまま。宿木を拒み、後ずさりをし、首を横に振る美月。――宿木はにんまりと細めていた目を開き、眉間に皺を寄せて美月を睨みつける。そして、握手をするために差し出していた右手を一度、白衣の袖に引っ込める。もう一度袖から出たとき、彼の右手はまっすぐに伸びる光線の刃を携えていた。その刃は如意棒のごとく放射線状に伸びて、美月の上半身ど真ん中を貫いた。
 光線の刃は肉を焼き焦がし、辺りにはタンパク質の焦げる匂いが充満した。美月は肺を焼き切られ、喘いでいる。

「光線で切られた箇所は焼灼止血されるが、動けばまた刃が抉りこみ、組織を焼き切るぞ」

 美月は緑色の閃光の束に身体を串刺しにされて、はりつけ状態になった。解放の条件は、スカーレットの蘇生に協力すること。

「どう脅そうと、私はもう、スカーレットのことは省みない。唯を救うだけでも数え切れないほどの命を私は殺した」
「それはスカーレットのときも同じだろっ! お前は、我を忘れて殺すことでしか、生贄を捧げることのできない臆病者だ。落ち着きを取り戻した後は、そのときのことを忘れでもしたかのような口ぶりで善人を取り繕う。――お前はもう、スカーレットのためにも、唯のためにも幾千とも知れぬ命を切り捨てた残虐な殺戮者だっ。今更汚れないでいられると思うなっ!」

 臆病者。残虐な殺戮者。相反するようなふたつの言葉。美月は端正な顔を大きく歪めた。彼女の脳裏に、あの声がよぎる。木枯唯の影が自分を責め立てたあの声が。

『あなたのような死を恐れる者は、虫けらよりも脆弱で、如何なる悪よりも残酷だっ!』

 弱いということは罪なことだ。
 死を受け入れられない弱さから、自身が何をしでかしたか。

 美月は心の奥――鏡花の魂の奥深くで眠っている記憶を呼び覚まさせた。頭の中には、少女のすすり泣く声が木霊した。それを実際に聞いたわけではない。――あのときはもう、目の前の世界がただ真っ黒に塗りつぶされていたから。

「断るというのなら、心臓そいつをいただくまでだ」

 苦痛に歪む美月の顔を嘲笑いながら、宿木は詰め寄る。
 最初からこいつは、口交渉などする気はない。無理くりにでもスカーレットを蘇生させる気だ。
 宿木は美月の左胸、心臓の位置に右手をかざす。美月は胸部を貫かれて身動きが取れない。もがき苦しみながら手をばたつかせても、宿木の手を止めることはできない。
 やがて、どくどくと拍動する赤黒い心臓が美月の眼前に現れる。血潮を送り出す血管のほかに、緑色に光る紋様が心臓にまとわりついていた。
 宿木は舌なめずりをし、一本ずつ指を折り、拳をつくっていく。そうすると、紋様から紡がれるようにして光の糸が延び、宿木の手のひらの上で球状に集まり始めた。代わりに、心臓からは紋様が消えていく。
 掌の上で緑色に光る球体。それが大きさを増すとともに宿木の口角もつりあがっていく。
 そして、美月の心臓から紋様が完全に消え、光の球はちょうど野球ボールぐらいの大きさになった。それを二三度宙に投げては取り、それから右脚を大きく上げて、ピッチングフォームを取る。狙いは、スカーレットが眠るアンバーのど真ん中。

「待って」

 振りかぶって一球。投じようとしたその時に、宿木の腕を美月が止めた。黒髪の色は消え失せ、そのたおやかな頭髪を染めるのは銀色だ。

「おまえは、元の身体の持ち主か?」

 銀髪の美月は、宿木の問いかけに答えることなく続ける。

「やめてっ。きっと、ろくなことにならない。――あなたも本当は分かっているはず」
「人を生き返らせて何が悪い? お前らの振りかざす道徳ではなく利益論で私に教えてみろ」
「あなたは、それで何をするつもりなの」
「私には、神が必要だ。不甲斐ない自分を祟ってくれる神が。私はスカーレットこそがそれに足る存在と考えた。私が守れなかった愛娘が――」

「あたしは、あなたたちを親として正しいとは思えない」

 宿木の瞳を抉るような眼力で睨みつけ、銀髪の美月は言った。宿木は、美月の言葉に憤怒し、こめかみに青筋を走らせる。なおも美月は続ける。

「あなたたちは、自分が求める形を押し付けているだけよっ」
「うるさいっ!」

 美月の言葉を振り払うように、宿木はアンバーへと送球。
 彼が放った緑色に光る球は、アンバーの中へと通り抜けるようにして入る。ふっとろうそくの火が消えるような音が響いた後に、ぴきりと鋭い音を立ててアンバーに大きな亀裂が走った。

 ぴきり。ぱきり。ぴきり。ぱきり。――それは卵が割れる音。産まれてはいけない、何かが産まれようとしている音。
 遅れてからどくんっと再びあの拍動が、地下空間に響き渡った。

「――今度こそか」

 宿木が引きつった笑みを浮かべた途端、アンバーの目の前にある魔導石の埋め込まれた操作盤から小さな爆炎があがり、煙がもくもくと立ちこめた。さらにアンバーに入る亀裂もどんどん広がり、今にもその巨大な宝玉は砕け散ってしまいそうだ。
 そんな異変に宿木は、待ち望んでいた時がついにやってきたとでも言わんばかりの鼻息。
 それに美月は呆れ、憐れみの表情を浮かべるはずだった。
 だがそれよりも先に、地下を異変が襲った。
 異様な速度でユグドラシルの蔓が伸び、地下空間にいた人間は、それに絡めとられてしまった。――もちろん、宿木と美月だけではない。その場にいたもの、すべて残らず。

 

 

<おまけSSその93>
宿木「どうだった? 私のピッチングフォームは? これで、私にも始球式のオファーが――」
美月「いや、来ないですから……」

宿木「今のは、君の片方の人格による発言としておくよ。もう片方は私に賛同してくれ――」
美月「いや、しないからっ! そこに関しては満場一致だからっ!」

<おまけSSその94>
宿木「もし、始球式のオファーが来たらどうしようかなー」
美月「いや来ないから大丈夫です」

宿木「だって、さっき投げたの世界を破滅に導く魔球だよ」
美月「自分で分かってんなら、止めろや!」