第75幕 | 小説製作所 FELLOW'S PROJECT REBEL

小説製作所 FELLOW'S PROJECT REBEL

FELLOW'S PROJECT REBELへようこそ。
小説書いてま~す。

第75幕

鳴瀬は頭にヘルメット型の脳波解析装置をかぶせられている状態だ。アクセスコードとソフトウェアがあればパソコンから遠隔でできるのだが、結局幸代の殺人現場からは見つからずじまいだったらしい。最も、通信速度の問題からプログラムをまるごと書き換えるなど情報量の多い操作では、直接頭に機械を取り付けるほうが手っ取り早い。
「それでは、プログラムを書き換えるか」
担当の甲本宏治は脳波解析装置につながれたパソコンのキーボードをカタカタと打ち鳴らし、モニター上のブラックウィンドウにプログラム分を羅列させていく。専門の知識がなければ何をやっているのか全くわからない作業だ。だがそこには恐ろしい人間の心が入っている。人の命をナンセンスとしか考えていない、殺しに何の抵抗も感じない鬼の人格が入っているのだ。それが成瀬の頭の中へと注ぎ込まれようとしている。にもかかわらず鳴瀬は無抵抗の状態だ。麻酔が効いているのか、それとも彼女自身が生きる意志をなくしてしまったのか。虚しいほどの速さでプログラムが書き換えられていく。あっという間にエンターキーを押せば、実行されるところまで来た。
「これで終わりだ」
ついにエンターキーが押された。だが様子がおかしい。成功したのならブラックウィンドウが自動でスクロールされるはずだ。だがそれがなく、’Error’の字がブラックウィンドウに並ぶ。
「なぜだ、プログラム文をミスしたか?」
そう思ったそのとき、遠くでドアが開くような物音がした。麻酔は聞いていたはずなのに、意識はなかったはずなのに、気が付いた時にはすでにそこにいたはずの鳴瀬が姿を消していたのだ。それほどまでに集中してキーボードをたたいていたのか、鳴瀬が奇跡的に麻酔から解放され、音もなくそこから抜け出したのか。おそらくその両方のことが同時に起きたのだろう。宏治は自分が麻酔が効いていたことに慢心して注意を怠ったことを大いに恥じながら健三のもとへと舞い戻る。緊急事態だ。自分の過失で試験体を逃がしてしまった。
「健三さん!鳴瀬が... ...鳴瀬がっ!」
「逃げたようだな... ...」
この異常事態を何とも思っていないような声で返事が返ってくる。健三は監視モニターに映る廊下を麻酔から冷めたばかりでもつれがちの足取りで走る鳴瀬の姿をあたり前であるかのように平然と眺めているのだ。
「彼女のプログラムを書き換えなくていいのですか!」
「別に彼女である必要もないだろう」
その返答に宏治は健三の真意を悟る。本当に誰でもいいのだ。
「我は他人を数える癖がある 人を数字で数えてしまう癖がな
 誰かを見たとき、それが誰なのかではなく数字の1として、1人いる それ以外は何も意味がない」
誰であるかなど問題じゃない。洗脳プログラムの試験体も、自分の娘も。それが誰かなんて関係ない。健三にとっては、それが存在していれば、あとはどうでもいいのだ。
「そう見えてしまう 意味は分かるな 代わりなどいくらでもいるということだ」

走った。本当に走った。止まってしまえば倒れてしまうくらいに必死で走った。だが、自分本来の身体ではすぐに切れてしまう息も長く続いた。だからどこまでも走って行けるような気がした。もちろんそうではない。気が付けば倒れていたようだ。視界が開けると板張りの天井が目に入る。鳴瀬は目が覚めた瞬間に自分が見知らぬ誰かの部屋にいるということに気づき、上体を勢いよく起こす。すると、かかっていた布団がめくれ上がった。どうやら倒れていたところを拾われ、看病を受けたらしい。
「久しぶりの再会にしては ハードだったな」
声が聞こえた。男の声だ。声の主を本当の鳴瀬なら知っているのだろうか、今の意識は洗脳プログラム出夜が作った華ぐ夜の人格。皮肉にも鳴瀬を救い出すために出した決断が、鳴瀬の身体をのっとってしまうことだったのだ。
「お前をかついで遥々ここまで運んで来てやったわけだ 重かったんだからな」
重いという言葉を吐かれてムスッとなる。女性に対して失礼だとは思ってしまったが、目の前にいる男性は鳴瀬の幼馴染であったりするのだろうか。でなければ倒れていたところを担いで看病もしないだろうし、そんな物言いもしないはずだ。
「あの... ...、ありがとう」
「目が覚めたなら帰っていいぞ その方が俺も楽だ」
突き放すようなつっけんどんとした言いぐさで暖かいコーヒーをマグカップに注ぐ。そのコップがテーブルに2つ置かれた。優しい人ではあるようだ。だが困ったことに自分には思い当たる節がない。当然だ。今の自分は鳴瀬ではない。
「玲怜、玲怜... ...」
心の中で呼びかけてみる。だが反応がない。いつもならそこにいて、隙あれば自分の身体を取り返そうとしてた鳴瀬が姿を消していた。聞くこともできなければ、本来の人格である鳴瀬に身体を返すこともできない。どうすればいいのか、答えはひとつしかなかった。
「ごめんなさい、覚えて...ないの... ...」
正直に言うしかなかった。知らないということを。そう言うと相手は目をつむり、深いため息をひとつ吐いた。
「記憶ごと、俺を捨てたってわけか そんなに嫌いになったか俺のこと
 昔の女が倒れていて、助けられずにいれなかった未練がましい俺のことを」
「それって... ...恋人ってこと?」
「名前だけでも覚えて帰ってもらおうか? 中田靖(なかだ やすし)だ
 覚えてないってんなら、これっきりにしてくれ ついでに今日のことも忘れてもらえば助かる
 女を担いで自宅に連れ込めば、警察学校も退学だ」
ドアを開けて、鳴瀬に向かって背を向ける。冷たい外の風が部屋の中にびゅうと吹き込んで来た。
「待って... ...、本当に、本当に知らないの!」
「いいから、早く出て行ってくれ」
靖はドアを閉めようとはしない。顔を俯けているのは、鳴瀬の顔を直視できないからだろう。鳴瀬はドアに当てられていない左の手をぎゅっと量の手で握りしめた。今までの彼女にはなかった暖かい手で。肌を伝って触れ合う体温から靖はある違和感を覚える。

暖かい。でも、俺の知っている暖かさじゃない。

「あたしは... あなたの知ってる玲怜じゃない....」
それを直感的に悟ってはいたが、靖は戸惑わずにはいられなかった。
「なにを言っている」
「馬鹿な冗談にしか聞こえないと思うけど... 玲怜はあたし... ...華ぐ夜が乗っ取ったの」
わけがわからない。華ぐ夜という知らない名前。そいつに身体が乗っ取られた。いくらなんでも突拍子がなさすぎる。怒っていいのかも呆れていいのかもわからずに、笑ってしまった。
「はは、からかってるの? どこの小説の話、それとも漫画か映画か?」
「本当なの!」
ほどかれていた手をもう一度握りしめて鳴瀬は訴える。その瞳の色に本当のことを言っているのだろうと靖は理解してはくれたが、本当だとわかったところでどう受け止めたらいいのかわからないようだ。ここまで来たら全て話すしかない。自分が誰なのかも、鳴瀬といったいどういう経緯で知り合ったのかも。

「面白い子がいるの ちょっと来てみない?」
幸代からそう持ち掛けられていた。嬉良につきまとうようになる前から、華ぐ夜は幸代を知っていたのだ。自分がいつか治療対象となって整形手術を受けられるように。このころから華ぐ夜は診察室に時たま呼び出され、幸代と会話をしていた。診察室にある簡易ベッドにはひとりの少女が横たわっている。今は寝ているらしく寝息をすうすうと立てている。
「今でこそこうだけど、一昨日までは生きているのかどうかさえ危うかったわよ」
「なんで、そうなったの?」
「オーバードース、年齢と体重から考えて半錠でいい睡眠薬を一気に12錠も飲んで
 昏睡状態になったのよ」
「へぇ・・・よっぽど眠れないのかしら?」
「彼女、自傷癖があるのよ」
聞けば幸代は何度もそのベッドに横たわる彼女を診療したことがあるそうだ。
「オーバードースにリストカット、錯乱して病院の窓ガラスを割ったこともあった
 そしてその度に後見人の人から、あたしに直接札束が送られてくるの
 うちの娘が迷惑かけたから受け取ってくれって...」
その話を聞いていると華ぐ夜は少し妙な気分になった。なんというか、その彼女の気持ちがどこかわかってしまうような気持がしたのだ。
「それって、その人に振り向いてほしくてやったんじゃ...」
それが鳴瀬という人物との最初の出会いだった。
「忘れたい、忘れてしまいたい」
意識があるときはそれをうわ言のようにつぶやいていた。ちょうど自分の父から認められなくてたまらなくなったあたりだ。父親であるサウザー教授が人格消去プログラムの試験体を欲しがっていたのを知っていた。そして何よりも。

「もう、データはとり終わった もう記録することはない
 試作体としてまずは胚発生から一次成長までが成功するかどうかを見たかった
 でも華ぐ夜がいい子にしていれば、廃棄することはないよ」

父に捨てられたくなかった。そのためには、いい子でいる必要があった。それと同時に愛されていない、振り向いてもらえないという似た境遇を持つ鳴瀬を貶めることで、自分が世界で一番不幸だという思い込みから解き放たれることができる。そう考えたのだ。
「いい方法があるよ」
そして、鳴瀬は自分の辛い記憶だけを抜き去ることができるという真っ赤な嘘に乗せられて、人格が丸ごと失われて人形になってしまう人格消去プログラムの試験体になったのだ。そしてそれに華ぐ夜の人格データが洗脳プログラムという形で搭載された。それが紛れもなく今の鳴瀬を動かす人格、出夜のことだ。

「鳴瀬の自傷癖のことは知ってたよ」
靖のその言葉を聞いて、鳴瀬は驚いた。靖は、おそらくは聞くのが辛かったであろう、鳴瀬の自傷癖のことを知っていたというのだ。
「あいつが本当に幸せそうに笑っていたのは、互いにガキの頃だけだ
 音信不通になる前は、生きる気力さえ失っていたよ」
やや自嘲気味にそう語る。その笑みは何に対してのものなのだろうか。

「みんな、あたし、いじめる しゃべり方おかしいって
 まだここに来て がんばってるのに ひどいよね
 鳴瀬悲しいよ 笑えなくなっちゃうかもしれない」
互いに幼いころに聞いた鳴瀬の声が靖の頭の中に響く。

「本当に、こんな辛いと知っていたら あんな約束しなかったのにな」
そう言ってまた靖は自分を笑った。