「挑発のつもりか?」
先程まで床に転がっていた仏蛇が立ち上がる。
「ああ、そうや・・・」
ラマヤナは、仏蛇に背を向けて違棚に立てかけてあった朱色の棒を手にもった。
棒は金属製で固く軽く、扱いやすいだけでなく、
こちらも王の象徴として鳳凰の絵が描かれている。
「ちがう・・・、それはちがう・・・貴様は、葉沼に直接手を下すことはできない
どれだけ涙を流させ、心を引き裂いても
どれだけ顔に傷を付け、誇りを奪い尽くそうとも
その命に終止符を打てないでいる・・・」
「めろ・・・」
棒が握り締められ、力が入り固くなった皮膚とこすれ合うぎしぎしという音が座敷に響きわたる。
なおも仏蛇の挑発は続く。
「なんでかって?自分の傷を癒す人形を捨てる気になれないからだ・・・
前の出媚の娘のときもそうだった・・・
貴様は自分の人形が逃げ出そうとしても、手を下せず
自分の人形が子を産もうとあらば、なぜか医者をやとい、擁護する
なのに、面と向き合って会えば、傷つけることしかできない
なんだ、この矛盾は・・・?」
「やめろ・・・、黙れ・・・」
「力でねじ伏せることしかしてこなかった魔王が愛に血迷ったか?
それとも、いたぶることはできても殺せない、臆病者か・・・?
いいや、その両方だろうな・・・
先王の地位を失脚し、この辺境の地で死んでいく身となった自分の境遇が・・・
過去の栄光が・・・、その全てが
貴様を腑抜けにしたんだよ」
「言うなぁああああああっ!」
棒で殴りかかるも、刀で受けられる。
ラマヤナのスキンヘッドの頭に青筋が浮かび上がり、目が血走り始める。
「わしを腑抜けと言うな・・・」
棒が振り切られ、仏蛇は後退りをする。
そこから、袈裟に忍ばせた法輪に糸を結びつけたようなものを投げつけ、
ラマヤナの左脚を奪い、引きずり崩れさせると同時に
宙返りをして天井の梁に逆さにぶら下がる。
床に倒れるラマヤナに目をひん剥いて笑ってみせ、
腹にめがけ刀をかかげて落下し、床ごと突き破る。
「どうだ・・・再び没落した気分は・・・
このまま、地の底まで落ちてもらおう・・・」
下の階に落ちたラマヤナを仏蛇はあざ笑う。
「ぬかせぇえええ!下郎がぁあああっ!
わしには死霊兵がおる
さぁあああああっ!この遊郭を警備する死霊兵どもに告げる!
お前らの首領たるこのわしが、謀反を受けている!
すぐさま捕らえろ!焼き殺せ!そのふざけた下手人をぉおおっ!」
ラマヤナのもとに無数の死霊兵が駆けつけ、周りを取り囲む。
なおも仏蛇は、左右の顔に嘲笑を浮かべ見下ろしている。
「どうしたぁあああっ!圧倒的多勢に、頭がイカれたかぁああっ!
これが先王の力だ!地獄を統べる王の器だぁああっ!」
「そうか・・・、道理でだ・・・
本当に立派な、巨大な器だ・・・
ヒビが入っても、己で気づけないとは・・・」
その言葉通りに、柱にヒビが入り始め、建物の梁という梁、壁という壁から
ごうごうときしむ音と、砕けた木材や塗料の欠片がほころび始める。
「残念・・・、貴様の器は、もうヒビだらけだ・・・形も保てないほどにな・・・」
死霊兵がいっせいに、ラマヤナに向け武器を構える。
彼の身体は、喉元からつま先に至るまで刃が差し向けられていた。
「こ・・・これは・・・」
ラマヤナの顔に焦りが見え始める。
「さあ・・・これで仕上げだ・・・」
袈裟からもうひとつ法輪を取り出す、それには輪っかがついており、
その輪っかを歯で噛み切り、階下に法輪を投げ落とした・・・。
「もう一度沈むがいい・・・己を貶めた業火の中に・・・」
木製の床にコツンと音を立て2,3度跳ねたあと
そこから火が現れ、光となり、風とともに消し飛んだ。
熱風が吹きすさび、すべての柱が
砕け散り焼き尽くされ、床は崩落する・・・。
崩れていく・・・壊れていく・・・国が・・・、わしの国が・・・。
火に包まれて破れ行く障子越しに燃え盛る街が見える。
自分の手の内にあったはずの街だ・・・。
消えていく・・・燃えていく・・・街が・・・、わしの街が・・・。
ラマヤナの頭の中を記憶が駆け巡る・・・。
それは光・・・、自分を包む炎から発せられるそれとは似て非なるもの・・・
自分の傷を癒すための光・・・。
それを見たのは・・・、自分の隣で女が酒を注いでいる時・・・。
葉沼ではない・・・、出媚の娘にあたる釘野 津羅(くぎの つら)。
「どうです・・・、お酒の味は・・・」
その顔からは覇気は感じられなかった・・・。
だが・・・、ずっと失っていたものがそこにはあった。
地獄の王の座を奪われて以来、感じることのできなかった。
生身の人間を飼い殺し、支配する快感・・・。
それを女をこの闇街という牢獄に入れ酒を注がせる。
女から夫、子というほこりを奪い、涙を流させる・・・。
そうすることで支配欲をおぎなっとった・・・。
だが・・・、だが・・・。
気づかんかった・・・。
確かに血の通う人を支配することはできなかったかもしれない・・・。
だが・・・、この街は・・・とっくの昔に手中にあったというのに・・・。
淋しいものよ・・・、悔しいものよ・・・。
そのことに気づいていれば・・・、支配欲を満たすだけの
残酷な遊びなどせずに済んだかもしれんのに・・・
気づいたときにはいつだって遅いんや・・・。
いつだって・・・、遅い・・・。
ラマヤナは火に包まれ沈んでいった・・・。
諦観に満ちた淋しい笑みを浮かべながら・・・。