先ほどに引き続き、2016年下半期を振り返りたいと思います。
下半期から怒涛なんですが。
7月、舞台の配信をやっとこさ観て、戻って来られないところまで叩きのめされる。
改めて、2.5次元の恐ろしさを味わうことになりました。そしてここで、絶対にミュにだけは行かないと心に誓いました。
どっちも追うのは、それすなわち破滅を意味しますからね。
そのときのブログ記事もやばいのでね。これ実際に観に行った人本当に生きて帰って来られた?魂抜かれてないの?って思います。
行った友人は死んで帰ってきました。誠恐ろしい…。
※また関係ないけどその月に撮ったもち写真でも……。
ちなみに祖父が亡くなりまして、お葬式やらお通夜やら何やらばたばた忙しかったです。
8月、舞台の衣裳展に行ってきました!
当たり前なんだけど、実際に着ていた衣裳だからもう感無量……。
どきどきしながら見てました。よくよく見ると、まんばちゃんの布とか本当にぼろぼろで本当にかわいいんですよ…。
稽古のときに使ってたものをそのまま本番も使ってたということもあって、使い込まれてる感がよりらしかったです。
最初、一人で行こうかなって思ってたんですが、ステ配信を友人に布教し、成功しました。
そのため、舞台の衣裳展あるんだけど行かない?って誘ったところご一緒してくれることになりました。やったぜ。
思わず友人に「アクキー買ってもいいと思う?」って聞いて、「いいと思うよ」って答えてもらって買ってしまいました。
言われなくても買ったとは思います……何のための確認だ。
それと貴船にも行ってきました。
川床にてそうめん食べました。まあ高いのでリーズナブルに。
夏ですが、貴船の川床は本当に涼しかったです。汗をかいてるので、逆に寒く感じるくらいでした。
帰ったら熱出ました。身体を冷やし過ぎたようです……。
9月、ここからは怒涛のゲーム消化になっていきます。
まずペルソナ5が発売になったので、発売日以降はずっとペルソナしてました…。
あと花丸はじまったのって9月?くらいでしたかね、曖昧ですが。
もう関係ないけどもちの写真はかわいいから載せておきます。
ちなみに母が胃がんになりまして、緊急入院になったのもこの時期ですね。
祖父のあれこれで自分の体調不良を後回しにしていたら……みたいな感じです。
健康診断は毎年受けていましたが、どうもバリウムだけだとわからなかったみたいです。
あとがん検診じゃなかったってのも駄目だったのかな。
なのでここから私生活はほぼ仕事と土日も病院の往復みたいな感じで、あんまりどこも旅行に行けていないです。
10月も引き続き、ゲームしてました。
が、何かこのあたりからユーリ始まったり?10月だったっけ?
記憶が曖昧ですが、落ちるべくしてユーリ沼叩き込まれて、ヴィク勇です。
そして花丸にも毎週のように殺されるというやつです。
もちは相変わらずかわいくて仕方ないです。
家の中は、母がいなくなって家事分担……みたいになったのですが、それがみんな帰ってくるの遅いのでぐだぐだになりました。
このぐだぐだ具合を見て思いました。長時間労働蔓延る今の社会では家庭など築けないと……本音を言えば早く帰ってゲームしたいんです!ゲームする時間が削られるとか生きている意味ないから!
11月も引き続きゲームをしておりまして……本当ゲームしかしてないんですが……。
ポケモンやりつつ、FF15やりつつ……みたいになっていました。まだクリアしてないのでこれは現在進行形でやっています。
なんか高いケーキは食べました。
会社が少し配慮してくれて、帰る時間ちょっとだけ早くなりましたが、それも最初だけで最近は元の時間に戻ってきています。
12月もゲームしかしてないです!
トリコはクリアして、うっトリコ;;;って泣いてました。そして百夜綴りを寝る前にちょっとずつするという生活です。
しかしそういえばエクステラ、まだ一切手をつけていないというこの……積みゲーっぷりです。
あと今、家族がこんな感じなので私にできることは何かないのかと考えていましたが、母が入院した最初の頃に、父や弟に零したという私の花嫁姿を見たかったというのを実現してあげられないかなと思って、結婚することにしました。
本当のことを言えば、こんな形でしたくなかったです。
どうしたって、友人に伝えて祝福されても、素直に喜べないのです。
相手に不服があるわけではありません。むしろ私にはもったいないくらい優しい人なので、父や弟が冗談交じりで揶揄するくらいには、本当に私なんかでいいのかと思います。
まあたまに傲慢だなって思うところあるんですが、その度にかみついているのでそこは我慢してません。
相手が想ってくれているように、好きかと言われれば正直なところ遠く及ばないです。
恋愛感情に乏しいので、よくわからない、と答えるのが一番近いと思います。
母はもうよくならないと、余命宣告されていて、残された時間もそう長くないです。
いつ容体が悪化するかもわからないし、いつまでこの状態が続くのかもわからないです。
年末に一時退院しましたが、具合を悪くして、一緒に家で年を越すことができませんでした。
そんな不安定な中で、式の日程や段取りを決めていても素直には、楽しめないですし、どちらかと言えば悲しみや焦燥の方が大きいような気がします。
けれど、それに圧し潰されて鈍っていたら、多分この後の人生、後悔することになるだろうということだけは、はっきりとわかります。
だから、悩んだり弱音を吐いたり立ち止まっている場合ではないのも分かっています。
心がついてきていないだけ。
こんなにも弱かったんだなあと実感しています。
さて明日から仕事ですので、まとめはこれくらいにします。
2016年は終わって、新しく2017年です。
大切ではない年なんてありませんが、特に印象深い年になるのでしょう。
どうか、笑っていられますように。
では。