本日(6月28日)「和歌山カレー事件」の二審判決が出た。

既に皆さんご存じのように、被告人に対する「死刑判決」となった。


事件が起きて、被疑者が逮捕され、裁判となり、被疑者(被告人)が「懲役」「死刑」の判決を受ける事は当然の事である。

と、ここでいつも疑問に思う事がある。

それは、被害者や遺族への補償である。

例えば、先だっての「福知山線(尼崎)脱線事故」。
これは、JR西日本が、既に「誠意有る対応」として、補償交渉に応じる構えを早くから示唆していた。
そして実際、話しが纏まれば実行されるだろう。

一般の交通事故にしても、最低「自賠責保険(自動車損害賠償保険・強制保険)」には加入しているのだから、満足行かなくとも幾ばくかの補償は行われるのである。

しかし、今回の「和歌山カレー事件」等、「事故」ではなく「事件」の場合は、往々にして、被害者や遺族への補償が行われてはいないのが現実であろう。

仮に、損害賠償請求の裁判(民事事件。犯人か否かの裁判は刑事事件)を起こし、請求権を確保したところで、被告に支払いが出来る程の資産や、差し押える事の出来る資産・収入が有る事など稀であるのは、陽を見るより明らかである。

更に、「死刑囚」であれば当然出所はあり得ないのだから、服務後の給料差押えはない。
「懲役」であれば、出所後就職し、給与所得者となれば、その給料を差し押える事も可能だろぅが、原告(被害者・遺族)に対し、出所後の行方など教えてはもらえない
自ら、被告の行方を調査し、勤務先を突き止めなければ、判決(債権)の執行さえも出来ないのである。
しかも、裁判費用は自前(判決としては「被告が支払え」とはなるが)、調査費用も自前、弁護士に頼めばその費用も自前。

従って「損害賠償」が完遂される事など、あり得ないと云っても過言では無いのが現状である。

結局、被害者や遺族は泣き寝入りを強いられるのである。

理不尽な事だと思う。

今回の「和歌山カレー事件」の被害者や遺族にとっては二審の判決でも「死刑」とされた事は、気持ちの上では安堵された事だと思う。
しかし、未来有る幼いお子様や、働き盛りのご主人を失ったご遺族の方々、また、後遺症に苦しまれている被害者の方々にとっては、それぞれの未来があるのだ。
現実問題として、
補償は行われるのか?

答えは、哀しいかな「否」である。

何故なら、刑務作業で得られる被告の報酬は、差し押える事が出来ないし、ましてや被害者や遺族に還元される事は無いのだから。

この問題(矛盾)に、被害者・遺族の側に立って、正面から問題提起してくれているのが、『罪と罰~だが償いはどこに?』と云う本である。

作家であり写真家である里中李生先生がご自身のホームページ( http://www.satonaka.jo/ )で紹介されていた事がきっかけで、手に入れて読んだのであるが、私が常々感じていた疑問に見事に答えてくれている。

ハードカバーなので、通勤本には不向きかもしれないが、是非手に取ってじっくりと読んで頂きたい。
そして、何とも理不尽な現実を認識して頂きたい。

だって、何時、被害者や遺族になってもおかしくない世の中だから・・・。



著者: 中嶋 博行
タイトル: 罪と罰、だが償いはどこに?