云うまでもない。
「尼崎(福知山線)脱線事故」の責任を取る。
と云う事だ。

顧問は次回株主総会で、会長と社長は、事後処理後。

との事。


民間企業に限らず政界でも、大きな事故や不祥事が起こると、

必ずと行って良い程、トップや議員が辞任する。


実は、この手のニュースを見聞きする度に疑問に思うのです。

事故や不祥事を起こした等の本人が退職するのは当たり前だと思うが、
部下のしでかした事で、上司が辞任するのはどぅなんだ?と。

      確かに、監督不行き届きとかで、引責や連座責任は生じるし、
      また、人によっては、強く責任を感じることだろう。

しかし、それはあくまで対社会的な「面目」なのではなかろうか?

部下の「教育」「指導」「監督」が行き届いていなかった。
だから、その責任を取って辞任する


ちょっと待って!
辞任すれば、それで事が収まるのか?

私には、単なる「責任逃れ」にしか見えない。

事件・事故を起こすような(見逃すような)人物がトップにいる事は、納得出来ない。
と云う株主もいる事だろう。
遺族や被害者の方々にしても、そぅ思われる事でしょう。

しかし「責任」と云う事に関しては『違う』と思う。

責任の遂行=辞任

違うだろう?

事件・不祥事の渦中に居る者だからこそ、今後の改善に身を以て取り組めるのではないのだろうか?
また、取り組まざるを得ないのではなかろうか?

責任の遂行=同じ事を繰り返さない事

だと、私は思うのだが・・・。

辞任しないでいると、世間の風当たりは強いだろう。
しかし、その風を受け止め、強風を凪ぎに静め、

企業という名の舟を再び大海へ押し出してこその「責任の遂行」なのではなかろうか?

渦中に居る者だからこそ出来る事って有ると思う。
渦中に居る者だからこそ解る事って有ると思う。

辞任してしまっては、一社員・一議員に成り下がってしまっては出来ない事だと思う。



果たして、私の考えは「甘い」のだろうか?

事件・不祥事の責任は減俸・減給のペナルティで十分だと思う。
大切なのは

「同じ事を繰り返さない事」

なのだから。