【2022年12月4日】


かつての「一之宮」を巡った和歌山旅行。

 

 

 
その帰り道。
関西国際空港に向かう途中、JR阪和線の「鳳駅」に寄り道しました。

 

 

駅を降りて、10分ほど歩いた先にあったのが、今回の旅で三か所目に訪れる一之宮「大鳥大社」。

 

かつて和泉国(現在の大阪府南部)の一之宮だった神社です。

 

 

日本全国にある大鳥神社の総本社で、ここも正式名称は「大鳥神社」ですが、古くから「大鳥大社」として広く知られており、鳥居前に立つ社名漂や鳥居の額も「大社」になっています。

 

 

太くて立派な木製の鳥居の下で一礼してから、石畳の参道へ。

 

 

「ようこそ~」と言わんばかりの笑顔を浮かべているように見える狛犬さん。

 

 

 

参道の奥に駐車場がある為、外の通りから鳥居を潜ってきた車が何台も石畳を走り抜けていきます。

 

歩いている私の脇を、ほとんど速度を落とさずに擦り抜けていく車を見て「あ〜、大阪っぽいわ」と思ったのは関東民の偏見でしょうか(笑)。

 

 

西向きに立っていた鳥居から参道を進み、角を直角に曲がると、南向きの社殿が見えてきます。

 

参道を歩き抜けていく途中、左側に立っていたのは、

 

 

大鳥大社の主祭神である日本武尊の像です。

 

お寺に仏像が立っているのは珍しくありませんが、神社で御祭神の銅像が立っているのは意外と珍しいかも。

 

 

古代日本において、父である経行天皇の勅命を受け、日本各地を平定する遠征を行った日本武尊。

 

東西の国々を平定した後、現在の滋賀県にある伊吹山で神様と戦った日本武尊ですが、返り討ちにあい、30歳の若さで命を落としてしまいました。

 

その身体は伊勢国の能褒野(現在の三重県)に葬られますが、魂は白鳥に姿を変え、大和国、河内国と飛び渡った後、この大鳥の地に留まってから天に召されていったと伝わっています。

 

 

そんな日本武尊を祀った社が大鳥大社の起源とされ、約1900年もの歴史のある古社です。

 

境内に多く茂る木々は、白鳥と化した日本武尊が舞い降りた時、たった一夜で生い茂ったとされています。

 

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参拝前には、いつも通り、手水舎に手を清めます。

 

 

 

 

社殿の前に立つ鳥居は、左右の柱が八角形をしているのが特徴。

 

 

大殿大社の社殿は、御祭神が祀られている本殿と、その前にある拝殿が別々に建てられている形式。

 

 

拝殿は檜皮葺の屋根に庇が付いていて、壁の無い造り。

 

一般参拝客が参拝する拝殿では、御祈祷や正式参拝も行われます。

 

 

本来なら、拝殿と本殿の両方に参拝するのが正しい流儀なのかもしれませんが、本殿に加え、本殿の入り口にあたる中門も一般客は立ち入り禁止になっています。

 

 

中門の外からは、屋根が少し見えるだけの本殿。

 

 

「大鳥造」と呼ばれる、古代から伝わる建築様式で建てられている本殿ですが、戦国時代に戦乱に巻き込まれて焼失してしまい、さらに明治時代にも天災で焼失してしまった為、現在の本殿は明治時代に再建されました。

 

その後、昭和になってから屋根と内部の修理が行われ、現在に至っています。

 

 

(大鳥大社 ②に続く)