高岡古城公園の中、高岡城本丸跡の近くにある「射水神社」。
創建の時期は不明ですが、「日本書紀」にも記載されているそうなので、約1300年以上の歴史がある、かなり古い神社です。
江戸時代には加賀藩の祈祷所と定められ、保護されていました。
私が訪れた日は、ちょうど「夏越大祓」なる神事の日が近かったようで、拝殿の前には大きな茅の輪が。
この輪を潜る事によって、今年前半の罪穢れや疲れを振り払い、残り半年間を健やかに過ごせるとの事。
早速、案内の看板に従い、8の字を描くように茅の輪を3度潜り、最後は拝殿に参拝しました。
最近、あんまり良い事は無かったけれど、これで少しは運も向いてくれるかな?
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さて、いよいよ訪れた本丸跡ですが、
あらかじめ想像していた通り、何もない芝生の広場。
想像以上でも、以下でもない(笑)。
平日の昼間だったので、遠足か野外学習をやっている小学生が大勢いました。
最近、デジカメに加え、ビデオカメラで撮影もしながら旅行している私。
そんな私の姿は、小学生や引率の教師から見ると、典型的な「見知らぬ不審人物」そのもの。
絶対に小学生の方にカメラを向けないようにしながら、コソコソと気配を消しながら行動しますが、それが更に怪しいという(笑)。
高岡は銅器で有名な街という事で、多く立ち並んでいる銅像の前を通り、広場の奥へと向かうと、一段高く盛り上がった丘の上に、立派な騎馬像が見えました。
高岡城の主だった前田利長公です。
この騎馬像については、改めて次回以降に書きます。
この騎馬像の背後には児童公園があるのですが、その部分が天守台だったそうです。
ただ、高岡城が未完成のうちに入城した前田利長公は、城が完成する前に死去してしまい、その数年後には廃城に追い込まれてしまったので、結局、天守自体は作られなかったようです。
そんな天守台の近くにある井戸。
大きな特徴はない井戸ですが、築城当時から残る数少ない遺構の一つです。
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児童公園(天守台)側から本丸跡を出ると、また水堀が。
まあ、どの方角から出ても、周りは全て水堀なんですけどね。
噴水があったり、滝があったり。
この城跡の見所は、やはり「水の景色」ですね。
良い景色だとは思いつつ、水堀ばかり見ていると、いい加減に飽きてきます(笑)。