私は一人っ子だ。

親の愛情を一身に浴びて、兄弟姉妹ゲンカも知らず生きてきた。

父は16歳のときに膵ガンで亡くなったけれど、そのぶん、母には倍以上の愛とお金を注いでいただいた。

 

だから、弟がいなくなった彼くんの心境について、たぶん今もよくわかっていない。

ただなんとなく思う。

 

家族が、病死すること。

家族が、自ら命を絶ってしまうこと。

 

これはきっと、ぜんぜんちがうことだ。

 

 

 

 

弟の葬儀が終わって、数日たったくらいからだろうか。

 

衝撃的な喪失によるショック状態がおさまり、ヘラヘラするばかりだった彼くんから、麻痺が抜けてきた。

 

――泣くようになった。

――眠れないらしい。

 

当時、私たちはそれぞれ一人暮らしをしていて、週末だけ彼くんが泊まりにきていたが、さすがに心配になったのでしばらくこちらの家に住まわせることにした。スーツや私服、お風呂セットなんかを持ちこませ、おなじベッドで眠り、一緒に出勤するようになったわけだ。

 

 

「ヘロヘロですぅ」

 

 

とかなんとか言いつつ、彼はどうにか会社に行き続けた。

忌引き休暇後何回か有休も使ったけれど、本当によくがんばったと思う。

なにせ彼の頭は、弟のことでいっぱいだったのだから。

 

 

彼はあのころ、弟に質問したくてたまらなかった。

 

「どうして」

「どうして?」

「どうして……」

 

いろいろな「どうして」が言葉になりきれず消えていき、あるいは永遠に答えがもらえない独り言になって、彼を苦しめているようだった。

 

粉々になってしまった弟のスマホは、欠片ひとつ戻ってこないまま。

だから彼くんは、弟のパソコン、タブレット端末、ニンテ〇ドースイッ〇、LINE履歴、実家にあるノートやメモ帳まで引っぱり出してきて、弟の気持ち――ログを漁る作業に没頭しはじめた。徹夜した日もあったようだ。

 

 

私はその衝動――血まみれの傷を自分で広げるような行為を見守るべきか、止めるべきか、迷っていた。

特に、、LINE履歴を振り返ることは、彼に痛みしか与えないように思えた。

 

 

 

 

警察の人も言っていたことだけれど。

弟と最後に会話――メッセージのやり取りをしたのは、兄である彼くんだったから。彼くんのスマホに残る弟とのLINE履歴には、弟がJR快速に飛びこんだ直後から、既読マークがつかなくなっていた。なのに、そのときの彼くんは、弟が死んだとは夢にも思っていなくて。

「(弟は)晩飯でも行ったか」くらいの気もちで、一人映画館に入っていた。

後日、弟と感想を語り合うつもりで。

 

 

生々しすぎるよ、あまりに残酷じゃないか。