ある元・日本人配偶者の話。

 

 

台湾の義実家には家庭菜園があった。

 

家庭菜園と言っても「ちょっと趣味で」というレベルではなく、かなりの広さがあり、各種多様な野菜、果物を栽培している。

 

そしてその面積は、家の庭から裏山へと年々拡大していた。

 

まだ結婚していなかった頃から、少しずつ野菜のおすそ分けが始まっていた。

 

そして結婚するとさらに頻度と分量が増え、帰省するたびに、冷蔵庫には入りきらない、食べられないほど野菜果物、さらには調理済みで冷凍された肉類まで持って帰らされるようになった。

 

その半分以上は、私が日本で食べたこともなく、名前も調理方法もわからないもの、食べ慣れていないもので、料理がもともと得意でない私はとても困った。

 

 

菜園の主な管理者である義母は、倹約家で働き者であまり笑わない人だった。

 

義母だけでなく、家族全員があまり笑わない。

 

帰省しても、まともに私の顔も見ないし、楽しいおしゃべりなどもあまりない。

 

ただ黙々と義母の作った食事を食べて、黙々とテレビを見て時間をつぶして、大量の食材を持って帰る。

 

義母が作る食事は、何種類もおかずがあったが、いつ帰っても毎回必ず同じものだった。

 

義母は菜食主義者で、肉・魚は調理はするが一切食べない。

 

菜食メニューとそうでないものは、取り分け用の箸も分けられていて、肉・魚に触れた箸で菜食メニューに触れてはならない。

 

そういった習慣や雰囲気になじめず、帰省は毎回ものすごく気が重かった。

 

それで帰省しないと、わざわざ近くに住む親戚に預けてまで食材を届けてくることがあった。

 

私が妊娠中、夫が海外出張で二週間くらい不在と伝えたときも、普段と同じかそれ以上に大量の食材が届けられた。

 

一人ではとても食べきれない。体調がすぐれないので、調理するのもとても疲れる。

 

 

その後子どもが生まれて、慣れない育児で疲れ切っていたときにも、大量のおすそわけは続いた。

 

真剣に悩んで、周りの人に、義実家からもらう大量の食材が苦痛で仕方ない、夫は何もしてくれない、離婚したいと打ち明けても、笑って「いいお姑さんじゃない」、「自家製野菜なんて健康でいいじゃない」、「食べきれないなら近所に配ればいいじゃない」と言うばかりで、ほとんど相手にされない。

 

赤ちゃんの泣き声を聞きながら、徐々に傷みゆく大量の野菜を前に絶望し、もう消えたいと思った。

 

産後うつになって心療内科に通っていた間、義実家からのおすそわけはしばらく控えられた。

 

しかし元気になるとほどなくしてまた再開。

 

食べきれない、冷蔵庫に入らないと義母に何百回言っても通じない。

 

私たちは街中に住んでいて、家のすぐそばにスーパーがあり、新鮮な食材が手軽に手に入るにもかかわらず、車で三十分以上かかる義実家から、食べきれない量の野菜、果物、義母が調理した冷凍の肉、魚を運んでくるのである。

 

そして半分以上食べきれずに捨てる羽目になる。

 

私には、なぜ自分がこんな心の痛むことをし続けなければいけないのかが理解できない。

 

なぜ義母は食べきれない量を生産し続けるのか。

 

なぜ断っても聞かないのか。

 

そしてなぜ夫は「親の好意」を断れないのか。

 

 

心の負担になったのは、大量の生ゴミを出してしまう罪悪感だけではない。

 

「家にあるから無駄なものは買わなくてもいい」と、義母は好意のつもりで言っているのだろうが、私は自分で好きなものを、必要な分量だけ買うという自由、選択肢を奪われた気がした。

 

もう三十も超えた大人で、仕事して結婚して子どももいるのに、自己決定の権利を奪われる。

 

足に合わない靴を、それが一番いいからと押しつけられて、足が痛くて血が出ていても歩き続けなければいけないような苦痛。

 

しかしそれを周りの人に話しても、まともに相手にされない。

 

周りの人は、誰もわかってくれなかった。

 

 

結婚してから10年近く通い続けた心療内科を、離婚後しばらくして卒業した。

 

離婚後も、義母は「孫に食べさせる」との名目でおすそわけを続けようとしている。

 

だが少なくとも今は、拒絶して嫌われてもかまわない、心を犠牲にしてまでこの人と親しくする必要はないと割り切れる。

 

もう他人なのだから。