合唱編作の宿題の仕上げと対位法の勉強をはじめる。
和声法もいろいろ禁則があり、あれもだめ、これもだめと規則を覚えるのにやっかいだったけど、対位法はもっと細かく、こうせい!ああせい!これはだめ!あれもだめ!が多い。。
カウンターラインも対位法の一種だけれど、こんなに法則に従ってやらなかった。
やっぱりバッハはすごい人だったんだ、と改めて思う。
バッハを通らずして作曲の勉強はあり得ないと言われるだけある。
両手2声でさえたいへんなのにさらに3~5声、両手だけでなく足まで使って、それも即興でフーガを演奏して、作曲してたなんて、宇宙人だ!いや、コンピュータだ!

対位法の規則、禁則をプログラムして自由に作曲するソフト作ったら、どんな曲ができるだろうか?
ポピュラーのアレンジや作曲のソフトはいろいろあり、素人にも簡単にそれらしいものが作れる時代にはなった。メロディーにかってにコードも付けてくれるし、スタイルを選べば音色選びからアレンジも勝手にしてくれる。そのメロディーさえ、鼻歌で楽譜にもしてくれるし、誰でもある一定のレベルのものが作れてしまう。使い捨ての音楽の大量生産は容易な時代だ。
でもバッハの音楽が生まれてからの方が時間が経つのに未だに和声法や対位法の様なソフトはない。
モツレクのフーガ、第九のフーガも、フーガに来ると緊張するし、音楽の重厚さ、荘厳さを感じる。そう、ゾクッと来る。ベートヴェンの後期ソナタにもある。難曲だけど。。
規則や禁則は、美しい曲を作るための最低限の美学のエッセンスなんだろう。

禁則を覚えなくても感性でできないものか?
理論や知性でトレーニングした後でその知識が感性の一部となって意識しなくても美しい曲が自然に書ける様になるものだろうか?
やっぱりバッハにしか無理なのかなぁ。。
右脳と左脳、両方のバランスが重要なのだろう。
でも右脳を使うまでのレベルに達するには、禁則を覚えて、左脳を使うばかりで終わってしまいそぅだ。
右脳のセンスや発想を現実化するには、左脳が働かないと音符にならない。
バッハの頭の中、いったいどうなってたんだろう?!音符


 

2007.07.29