成宮 聖人のブログ
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僕の死んだ理由


「昨日、名古屋市中村区のマンションで男性の遺体が発見されました。」



朝の食卓にはあまり添えてほしくない話題だが、

よくありそうなニュースが流れている。



「死亡したのは、名古屋市中村区在住の・・・」



知らない誰かの名前が流れていたが、全く気にしない。

知り合いだったらどうしようなんて考えたこともない。


ニュースは今起きていることを放送しているわけだが、

ふーんと思うだけで、

3秒後には今日も行かないといけないのかという憂鬱な気分が

ニュースの内容なんかかき消してしまう。


左上に表示されている時間を見る。

ちょっと早歩きすれば間に合うだろう。

自分の乗る電車の時刻を逆算して、家を出る支度をする。





自分にとって「今」というのは、自分の手の届く程度の世界だけなのである。


そう、好きな芸能人とか、好きな話題とか、自分の興味関心のあることが今の情報であり、

それ以外はリアリティーのない情報なわけで、頭に残ることはほとんどない。


あったとしても、周りの誰かがその話題をしたときに埋没していた記憶の中から掘り起こして

「あーそんなのあったな」と話し出す程度である。

人と合わせるために、人とのつながりを求めるために

リアリティーのない情報が、初めて役に立つ情報になるのである。

でもそんな情報も一握りなわけなので、そんなに気にして情報収集もする必要はないだろう。



だが話題のある人は羨ましく思ったりもする。

お笑い番組を録画してとか、スポーツニュースをチェックしてとか、

何かと自分のことをネタにしてとか、人の共感や笑いをとっている人を見ると

いいようのない寂しさを感じる。


そんな気持ちもあるからか、そんな輪に入ることもできず、

聞き耳を立てて、話の輪に入った気になっている。


もちろん自分が中心になりたいと思うことはあるが、

周りの人との共通点が少ないと思っているからか

積極的にアプローチも取れない。


でも自分が話題になると、進んで輪に入るようにしている。

もともと、人と話すのは好きな性格なのである。

「そういえば、あのあとどうなったの?」と、言われた時には

よしきたと言わんばかりに話を始める。


~ 一時休憩 ~