
私はカラー派!
本文はここからご無沙汰を致しまして。
お変わりなくお過ごしで
いらっしゃいますでしょうか。
当地では例年になく、
秋が、
季節に遅れることなく訪れました。
夜も暑く、明け方さえ寝苦しい夏が、
台風と入れ替わりに去ったからでしょうか。

それだけに、
お仕事に、家事に、
お忙しい日をお送りの方にとっては
秋の夜も値千金、
秋の朝も暁を覚えがたい
特別な時間…なのかもしれません。
そんな季節ですから。
今回参加させていただくブログネタは
「夢はカラー?白黒?」というもの。
残念なことに
漢方による治療を始めてから
わたし自身は
ほとんど夢を見ることが
なくなってしまいました。
見られるものなら
せめて眠りの中だけでもかまいませんから
みたい夢も
ないわけではない…のですけれど(笑)

さて。
物心付いたころから
わたしは
色のない夢を見たことは
殆どなかったような気がいたします。
大抵のかたが
そうなのでしょうね、きっと(笑)
そう、
子供の頃。
覚えている限り一番古い夢は
まだ小学校に上がっていなかった頃、
夏に
祖父母の家で見た夢…悪夢でした。
夢の中で。
祖父母の家の、仏間で、
畳に座って、
自分は絵本を読んでおります。
部屋は祖父母の家の仏間の現実と変わりがありません。
家の間取りも部屋の色合いや質感も
現実のそれと変わらない形をとっております。
絵本の話は犬の世界、
主人公は
ディズニーアニメのキャラクターのような
垂れ耳の雌犬。
他の犬たちもその手の絵柄のかわいらしい犬です。
けれど背景は
ディズニー的な
色鮮やかな明るい、輪郭明瞭な世界ではなく。
『ゲゲゲの鬼太郎』の
古いアニメのような陰鬱な風景、
災厄に見舞われた世界でした。
犬たちの群れは
その世界を、
飢えつつ渇きつつ彷徨っております。
川は水位が下がり
色も変わり
それでも辛うじて流れています、
異様ななにかを放ちながら。
水が毒と知りつつ
主人公の制止を振り切り
仲間の犬たちは水を飲み
腐り爛れたような
恐ろしい姿に変わり果ててしまう・・
と言うところで目が覚めました(笑)
わたしはこの悪夢を、
自分のオリジナルなイメージの産物だと
思い込んでおりました。
それがおそらくは
意味も分からぬままにに見てしまった
原爆のイメージなのだろうと
ふと、気がつきました、
大人になってから(笑)
やはり元ネタがあったわけね・・・
と思ったものです。
夢でさえ独創が難しい
凡庸な感性ゆえの滑稽、というところでしょう(笑)
ともあれ。
子供の頃から
わたしは
どうやら悪夢であれそうでもない夢であれ
色のついた夢を見ていたようです。
少なくとも覚えている限りにおいて
小学校以前から高校くらいまでは
どんな夢であれ
夢の色は現実のそれとあまり
変わりがなかったように
記憶しております。
高校を出てからの夢はあまり覚えておりません。
自分の見る夢に
あまり興味がなくなってしまったのでしょう。

そんな風にして
自分の夢と疎遠になり
長い時間が経ちました。
大人になり
体を壊してから
時折、忘れた頃に
歯が、ぼろぼろと、
茹でたとうもろこしのようになって抜ける夢
という悪夢を
見る。
・・・そんな時期もありました。
それでもあまり
自分の見た夢に気を引かれることは
ありませんでした。
わたしが再び、自分の夢に
心を寄せるようになったのは
猫と暮らすようになってからではないかと
思います。
猫と暮らすようになり、
わたしはしばしば、
猫に関する
辛い夢をみるようになったのです。
猫が怪我をしたり
病気になって弱り果てたりするような
夢を
わたしは時々、見るようになりました。
夢が気になり、
ブログ記事にして残しておりましたのが
この時期です。
ところで。
そういった夢の映像は
ほぼリアルな色を持っているのですが
現実の色に比べ
彩度が低いのです。
晴れている夢、薄く曇っている夢では
しらっ茶けたように明るく色の薄い画面となり
雨が降っている夢では
薄暗く色のはっきりしない画面となります。

とはいえ。
稀には
目が覚めてから気持ちが温かくなるような
穏やかな夢を見ることもありました。
たとえば
その猫が他界して数年の後に見た夢、
その猫と一体となり
春の明るい昼前、
アスファルトの道の端を、
溝を挟んで広がっている
造成されたまま家の建たない造成地の、
はこべやいぬふぐりの花咲く
温かく潤った土のにおいを感じながら
歩いている、夢。
その夢は
色も光も、
現実のそれと変わらない映像となり
立ち現れました。
どうやらわたしの見る夢には
・悪夢は彩度が低い
・悪夢でない夢は彩度輝度その他がリアル
という傾向があるようです。
とはいえ、
最初にお話した夢は
恐ろしい夢だったにもかかわらず
リアルな色を持っておりました。
ですから
子供の頃は悪夢もリアルな色を
持っていたのではないか
という疑いも感じます。
そこで
あの、子供の頃の悪夢に現れた色について
もう一度
考え直してみたのですが。
この悪夢は
・悪夢といえる部分は色がモノクロームに近く画面が暗い。
・悪夢のようでない部分は色も光もが自然に近い。
という具合に、
明度彩度輝度の現れ方に
一定の傾向があった、
と、いえないこともないようです。
どうやら、わたしに関していえば
夢の中で
恐怖や漠然とした恐れなどを
感じている場合
夢の映像の、
色や光が曖昧なものになっていく
というきらいがあるように思うのです・・・
悪夢といえば
鮮血迸り死霊が跋扈するような
どぎつくあざとい色彩の世界をイメージするのですが(笑)
わたしの悪夢の映像は
低い彩度とローコントラストな光によって
構成されることが多いようです。
わたしの悪夢の色がはっきりしないのは
うすらねぼけたような
わたしの性格が
災いしているのでしょうか?
それとも一般に
悪夢というものは
そういうものなのでしょうか?
秋の夜長、月は南を過ぎ、
虫の音が か細く聞こえてまいりました。
古い夢のことはもう、忘れて(笑)
静かに眠りたいと思います。
なるべくなら
自然な色の
あたたかな光に満ちた
穏やかな夢を、みられますように。

・・・せめて、眠っている間だけでも(笑)
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