政治についても、

経済についても、

軍事に関しても。

 

誰がやっていることにしても、

全て、

誰もが

「正しい」

と思うから、

自分がやっていることは、

間違いなく正しいことだと

きっと思っているから、

そのようにやっているのだと

私は思いますし、

そのように感じます。

 

どこまでも、

悪どく金を貪り稼ぐことも、

それをする人たちは、

『全き善』と思っているわけだから、

それをすることが、

自分にとって正しく、素晴らしいことだと

そう思っているから、

そのことに邁進しているのだと思うのです。

 

 

そこに、

きっとそれらの人たちは、

自分の求めているものが、

確かにある。

 

この道の先に、

自分の本当に求める幸せがある。

 

そう信じて疑わないから、

そのことを必死で続けているのだと思うのです。

 

この、

自分の信じているものを正しいと信じ、

邁進する、という、

その点については、

私も、誰も、

同じなのではないか、

そう思うのです。

 

 

だから、

どかーんと、

その信じていたものが崩れる、

ということは、

それが本当に自分ののぞむ真の幸せに繋がるのかどうか

考え直す機会になり、

新しい視点がもたらされる可能性を切り開きます。

とはいえ、

かなりの危険を伴うのですが。

 

 

以前。

Oshoも、

ショックが必要だ、

というようなことを言っておられました。

 

人が聞いていて、

耳障りの良いことばかり言っていても、

その人を真に変えることはできない、

強いショックを与えることで、

自分で考え、

自分で自分を変えるために動くようになる、

というようなことを言っておられたように記憶しています。

 

 

そういう点では、

「ショック」にふさわしい、

まさに混沌とした世の中になってきました。

 

誰が本当のことを言っているのか、

全く見当がつかない、

そんな状態が通常となってきているようにも感じます。

 

 

その中で。

 

どのレベルで、

自分が幸せを得たいのか。

 

どのレベルから、

物事を見るのか。

 

今こそ、

ここが問われているように感じます。