昨日から、「感謝」について、
ダウンロードを続けていたのですが、
どうも、しっくり入らない。
違和感が残るのです。
いまもらっている答えよりも、
ずっと大きな答えがその向こうにあるような
そんな感じがして、
何か与えられている答えを
十分に私が受け取れていない、
そんな感じがしていました。
筋肉反射テストで確認しても、
「分かっている」との反応なのですが、
なにか、スパンッとはいることを妨げている
思考パターンの存在を感じていて、
ずっと、その「答え」を待っていました。
今日、
いろいろやっているうちに、
ひとつの問いが浮かびました。
「いつ感謝しているのか?」
と自分に尋ねていると、
「何かしてくれたお礼に、
ありがとう、と感謝する。」
という答えを観て、
「これだ!」と分かりました。
私にとって、
「感謝」は、何ものかをやりとりしたときに生まれる
交換条件のもとで発生するもの。
という思考パターンがあると分かりました。
だから、
なにかしてくれて、「ありがとう」
恵みがあって、「ありがとう」
なにかがもたらされていることに「ありがとう」、
このいのちがあって、「ありがとう」と、
『感謝』していた訳です。
この感謝の思考パターンを最高最善に癒して、
根源の定義する「感謝」に最高最善に置き換えてから、
もう一度、
根源からの最高最善の真実を
ダウンロードしました。
そして、
その答えが来ました。
「感謝は、いまという時に存在するすべてのエネルギー」
と、教えてくれました。
それは、愛とどう違うのだろう??
と思ったので、
その違いについて、最高最善の真実を教えてくれるよう
コマンドしました。
「
愛は、0で、
感謝は、限りなく0に近い1。
感謝は、
愛から生み出された
動のエネルギー。
愛は、ただ存在するエネルギーで、
感謝は、前に進ませるエネルギー。
花は、感謝で蕾を花開かせる。
」
これらのことを教えてもらって、
何かをしてもらっていることに感謝、
というものではないのだと、
はっきりと分かり、
自然と頬に涙がこぼれました。
これまで、
私の中には、
「感謝しなくてはいけない。」
「しあわせになるためには、すべてに感謝しなくてはいけない。」
という思考パターンがあったのですが、
それらから、完全に解放され、
最高最善の真実を分かることが出来たことに
ただ、感動していました。
また、
私は、学生のときからのテーマが
「0と1との間に立って、
その両方を見たらどうみえるのか?
そこからみたものを形にする。」
というのがありました。
根源にもう一度この点についても尋ねてみました。
「
0とは、第7階層の無条件の愛のエネルギー。
1とは、それから生み出されたすべて。
愛から生み出されたものは、
形があろうとなかろうと、
エネルギーでも物質でも、1。
その間に立つ、というのは、
いまあなたがしていることだよ。
」
私は、
情熱が、0と1との間にあるものだと
そう思っていましたから、
情熱と感謝との違いについて尋ねてみました。
「
情熱は、
感謝のエネルギーが凝縮し、
そのエネルギーが変化したもの。
」
確かに、間違ってはいなかったものの、
その前に「感謝」が存在していたのには、
納得と、驚きの両方がありました。
そして。
いま、こうして愛から真実を学んでいる、
これが間に立つということなのだと
教えてもらい、
また、さらに感動していました。
今日は、
何か特別な、大事な日になる!
と朝から思っていたのですが、
このことだったのだと分かりました。
いま、
この「感謝」に関する最高最善の真実によって、
また、
私の中が、すっかり変わったような感じがしています。
日々、私の疑問に素晴しい教えを授けて下さる!
根源の無条件の愛に感動しています☆
ダウンロードを続けていたのですが、
どうも、しっくり入らない。
違和感が残るのです。
いまもらっている答えよりも、
ずっと大きな答えがその向こうにあるような
そんな感じがして、
何か与えられている答えを
十分に私が受け取れていない、
そんな感じがしていました。
筋肉反射テストで確認しても、
「分かっている」との反応なのですが、
なにか、スパンッとはいることを妨げている
思考パターンの存在を感じていて、
ずっと、その「答え」を待っていました。
今日、
いろいろやっているうちに、
ひとつの問いが浮かびました。
「いつ感謝しているのか?」
と自分に尋ねていると、
「何かしてくれたお礼に、
ありがとう、と感謝する。」
という答えを観て、
「これだ!」と分かりました。
私にとって、
「感謝」は、何ものかをやりとりしたときに生まれる
交換条件のもとで発生するもの。
という思考パターンがあると分かりました。
だから、
なにかしてくれて、「ありがとう」
恵みがあって、「ありがとう」
なにかがもたらされていることに「ありがとう」、
このいのちがあって、「ありがとう」と、
『感謝』していた訳です。
この感謝の思考パターンを最高最善に癒して、
根源の定義する「感謝」に最高最善に置き換えてから、
もう一度、
根源からの最高最善の真実を
ダウンロードしました。
そして、
その答えが来ました。
「感謝は、いまという時に存在するすべてのエネルギー」
と、教えてくれました。
それは、愛とどう違うのだろう??
と思ったので、
その違いについて、最高最善の真実を教えてくれるよう
コマンドしました。
「
愛は、0で、
感謝は、限りなく0に近い1。
感謝は、
愛から生み出された
動のエネルギー。
愛は、ただ存在するエネルギーで、
感謝は、前に進ませるエネルギー。
花は、感謝で蕾を花開かせる。
」
これらのことを教えてもらって、
何かをしてもらっていることに感謝、
というものではないのだと、
はっきりと分かり、
自然と頬に涙がこぼれました。
これまで、
私の中には、
「感謝しなくてはいけない。」
「しあわせになるためには、すべてに感謝しなくてはいけない。」
という思考パターンがあったのですが、
それらから、完全に解放され、
最高最善の真実を分かることが出来たことに
ただ、感動していました。
また、
私は、学生のときからのテーマが
「0と1との間に立って、
その両方を見たらどうみえるのか?
そこからみたものを形にする。」
というのがありました。
根源にもう一度この点についても尋ねてみました。
「
0とは、第7階層の無条件の愛のエネルギー。
1とは、それから生み出されたすべて。
愛から生み出されたものは、
形があろうとなかろうと、
エネルギーでも物質でも、1。
その間に立つ、というのは、
いまあなたがしていることだよ。
」
私は、
情熱が、0と1との間にあるものだと
そう思っていましたから、
情熱と感謝との違いについて尋ねてみました。
「
情熱は、
感謝のエネルギーが凝縮し、
そのエネルギーが変化したもの。
」
確かに、間違ってはいなかったものの、
その前に「感謝」が存在していたのには、
納得と、驚きの両方がありました。
そして。
いま、こうして愛から真実を学んでいる、
これが間に立つということなのだと
教えてもらい、
また、さらに感動していました。
今日は、
何か特別な、大事な日になる!
と朝から思っていたのですが、
このことだったのだと分かりました。
いま、
この「感謝」に関する最高最善の真実によって、
また、
私の中が、すっかり変わったような感じがしています。
日々、私の疑問に素晴しい教えを授けて下さる!
根源の無条件の愛に感動しています☆