しあわせ☆
と感じる中にも、実は不適切な思考パターンの土台が、
埋まってました~という経験があります。

意外!と思う方もあるかもしれません。

普通、よろこびやしあわせを感じるときの感覚を
大切にすることが、
よりおおきなしあわせとよろこびをもたらすのだと
いうことが定説になっているので、
???となる感じがあるとおもうのですが、
それは、こういうからくりがありました。


私は、ふかふかのおおきなおおきなバスタオルが大好きです。
あのふかふか感で、
ほわっと包まれると、何ともいえずしあわせな気持ちになります。

その日も、
よし!お母さんが寝ている間に!、と思ってお風呂に入り、
お風呂上がりに、いま一番ふかふかのバスタオルを使って
ほんわかしていました。
「ああ、しあわせ~」と感じながら、
「なんで、私はこの感じが好きなんだろう?」と思いました。

で、
思考パターンを掘り下げてみました。

そのときは、
もっとよろこびが大きくなると思って、やっていた訳なんですが、
調べてみると、

そのとき、
「どうしてそう感じるのか?」からスタートです。


「包まれているのが気持ちいい」
↓(それで?)
「安心する」
↓(それで?:このとき、ふっと気がつきます)
「いつも不安だったから、この感じが安心する」
↓(それで?を続けていきました)


「私は安心してはいけない」

となって、
そうなんです。

いつも、私は安心してはいけないという思考パターンがあったため、
お風呂上がりのあのバスタオルが与えてくれる安心感が
私が求めている、「安心」「大丈夫」という感覚を与える
その役を引き受けてくれていた、というのが、
ふかふかバスタオル、大好き☆だったのだと分かりました。


おかげさまで、
「安心してはいけない」「安堵してはいけない」があり、
「安心することを許す」「安堵することを許す」がノーでした。(笑)

この他にも、
この手のたぐいの思考パターンで同じ意味で言葉が違うものも検証し、
すべてを引き抜いて、最高最善のものに置き換えました。

で、
それからどうなったか。
というと、あのお気に入りのバスタオルが
使っても、「しあわせ~☆」とならなくなってしまいました。。

残念なような、、

でも、
あのバスタオルを使っていたときの安心感や安堵感は
いつも自分の中に感じられるようになりました☆


バスタオルを使っているときだけ、
安心☆
じゃなくて、
いつも、どこでも、どんな場合でも
安心☆
になりました。

それの方が、素敵だなぁ、
と感じています。

みなさんも、
「しあわせ」と感じることの中にも、
ちょっとした、違和感があったら
掘り下げてみると意外なものが見つかるかもしれませんよ。

なにかご参考になることがあれば幸いです!