先日、「嫌われる勇気」の著者である岸見一郎先生の『囚われずに生きる』という本を読んでいて、心に留まった言葉がありました。
それは、「囚われ」と「執着」の違いについて書かれた一節です。
何かを大切に思い、手放したくないと思うこと。それは、必ずしも悪いことではありません。
長い時間をかけて身につけた知識や技術、大切な人との思い出、自分が情熱を注いできたこと。
そうしたものが自分の人生を豊かにしてくれることもあります。
一方で、囚われとは、恐れから手放せなくなること。
この違いを読んで、私は最近、ニュースなどで目にするストーカー行為について考えました。
「好き」という気持ちが、相手を縛るものになるとき
大切な人と離れたくない。自分のことをわかってほしい。もう一度、振り向いてほしい。
誰かを好きになれば、そんな気持ちが生まれることもあるでしょう。
別れを告げられたとき、相手を失うことが怖くなったり、どうしても納得できなかったりすることもあるかもしれません。
けれど、ここで考えたいことがあります。
相手を大切に思うことと、相手を自分の思いどおりにしようとすることは、同じではありません。
相手が自分から離れていくことを受け入れられず、何度も連絡したり、行動を監視したり、会うことを強く求めたりする。
その行動は、相手に恐怖や苦痛を与え、安心して生活する自由を奪ってしまうことがあります。
どれほど強い思いがあったとしても、相手の意思や境界線を無視してよい理由にはなりません。
「こんなに好きなのに」
「こんなに思っているのに」
そう思うときこそ、自分の気持ちだけでなく、相手がどう感じているのかにも目を向ける必要があるのだと思います。
手放せない気持ちの奥に、何があるのだろう
では、どうすれば、手放せない気持ちから自由になれるのでしょうか。
カウンセリングでは、例えば、こんなことを一緒に考えていけるかもしれません。
相手を失うことが、なぜこれほど怖いのだろう。
拒絶されたことを、自分の価値が否定されたことのように感じていないだろうか。
相手が自分の望む反応をしてくれないとき、どんな気持ちになるのだろう。
そして、
その苦しさを解消するために、相手を変えようとする以外の方法はないだろうか。
もちろん、ストーカー行為に至る背景は人それぞれです。すべてを不安や恐怖だけで説明することはできません。
また、気持ちを理解することは、行為を正当化することでもありません。
カウンセリングで大切なのは、本人の苦しさを受け止めながらも、相手の意思を尊重し、望まない接触をやめるという責任ある行動につなげていくことだと思います。
必要に応じて、専門的な支援や医療、ストーカー行為への対応を行う関係機関につなぐことも大切です。
大切に思うことと、手放すことは両立できる
誰かを好きになること。何かを大切に思うこと。
それ自体は、私たちの人生を豊かにしてくれるものです。
でも、大切に思うからこそ、相手が自分とは違う気持ちを持つことも認める。
自分の望む関係にならなくても、相手には相手の人生があることを尊重する。
それは、簡単なことではないかもしれません。
手放すことは、相手への思いがすべて嘘だったと認めることでも、これまでの時間が無意味だったと考えることでもありません。
自分の気持ちを大切にしながら、相手の自由も大切にする。
その両方を守ることができたとき、私たちは誰かへの思いに振り回されるのではなく、自分の人生を自分で生きることに、一歩近づけるのではないでしょうか。
もし今、どうしても手放せない気持ちに苦しんでいる人がいたら。
その苦しさを、一人で抱え込まなくてもいいのです。
ただし、その苦しさを相手にぶつけるのではなく、自分自身の気持ちと向き合うために、誰かの力を借りてみてください。
相手を変えることはできなくても、自分の気持ちとの付き合い方や、これからの行動は変えていくことができます。
大切な誰かを思う気持ちが、自分自身をも、相手をも苦しめるものにならないように。
そんなことを、改めて考えさせられた一冊でした![]()
こんなことありませんか?
【なんだかこころが弱ってるなあ】
【溜まっている気持ちを吐き出してスッキリしたい】
【カウンセリングに興味ある!】
よかったらこちらをご覧くださいませ。
オンラインカウンセリングもやっています。
![]()

