謝罪する。 あやまる。
おわびする。
「私が間違っていた。」「私が悪かった。」
と、認める。
「未熟なわたし」を、さらけ出す。
ーーそういったカタチとして、
頭を下げる。
息子にまつわる、様々な場面で
私と夫は、何度も頭を下げてきたなあ…
小学卒業を機に、あらためて思い出しました。
こんにちは。
小田愛弓です。
その息子から昨日、
『かぎりなく大変だった6年間ですが、
あなたたちのおかげで、乗り切ることが
できたかな、、、。』
『こういった手紙でしか、お礼が言えないので
嘘なしで言いまくります。感謝!!×100.
…このメッセージは、嘘か本当かというと、
本当です。あなたたちという家族を持てて、
本当に幸せです!!』
という、ちょっと笑っちゃう言葉の交じる、手紙を
もらいました。(笑)
と、
同じ漢字〈謝〉が使われていますね。
「あやまる、わびる。」
漢語辞典を(『漢語林』・大修館書店)
引いたら、
もともと同義のようです。
息子のことで「頭を下げた」体験を思い返すと、
二つは同じなんだと実感できます。
1年生の”不登校”気味だった頃、
(私の思い描く理想の教育を、してくれない
学校になんて、行かなくていい。
私が、理想の教育を息子に施すわ。)


「行きたくない。」という子どもを
理由にしていたけれど、
そういう思いが自分の中にある!!と
気付き、居てもたってもいられなくて
担任と学年主任、主幹教諭の方々に
会いに行き、
『私が間違っていました。申し訳ありませんでした。』
とあやまりました。
その言葉には、「未熟な自分をさらけ出す」気持ちが
こもっていました。
「未熟な私です。だから力を貸してください。
親とは違う立場でしか出来ない協力を、
どうかお願いします。
息子の環境として、家庭以外の場所が
必要なんだと、やっと心で分かりました。
いつも息子のこと気に掛けてもらい、
ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします。」
心から、自分の至らなさをわび、
同時に、学校という場と、先生と、クラスの友達に
感謝の気持ちがわきました。
そんな気持ちで、頭を下げていました。
それ以降、斜め上から眺めていた先生方に対して、
”子どもを育てる同志”みたいな見方になり
子どもの様子も、みるみる変わっていったのです。
あ~~、、、いい話だ…
と、他人事として読んでいる、
ほれ、そこの人!(笑)。
ヽ(゜▽、゜)ノ
これは、コンビニの定員さんや
を
斜め上から見ている場合も、同じですよ(笑)。
「謝りたくない。」
「負けたくない。」
その意固地な気持ちは、
協力なんかしてくれないでよね!!」
と、協力の申し出を突っぱね
ますます「孤独で分かってもらえない私」
を、
みずから太らせていることに
気付いていますか…?
わびて頭を下げると、
もれなく
「ありがとう」
心からの信頼と感謝が
ついてきます。
あーーー、私は一人じゃないんだ、
と思えます。
魔法のことばは、
「ごめんなさい。居てくれてありがとう。」
今日も最後まで、ありがとうございます。
素敵なお彼岸週末を♪
