
老人ホームに到着すると、車に積んでいた棺を裏口から搬入し、すぐ脇の霊安室に入っていきました。中は十畳程の広さがあり、正面の奥にベッドか置かれ、ご遺体が安置されていた。シン、とした静けさは、まるで正面のご遺体がすべての音を吸い込んでいるみたいな気がした。初めて見る他人のご遺体に、僕は静かな興奮を押し殺していた。二人で運んできた棺を、ご遺体の近くに設置すると、吉原部長は掛かっていた布団をめくり、畳んで手近な椅子の上に置いた。
「脚を持って」
吉原部長の言う意味が咄嗟にわからず、
「え?」
と聞き返してしまった。
「納棺するから、脚を持って」
「あ、はい」
と答えたもののどう持てばいいのかわからず、ご遺体の脚に上から覆いかぶさるように抱きつき、引っ張り上げるように故人を抱え上げた。吉原部長は既に故人の上半身を抱えていて、僕の慌てぶりにも動じた様子はありませんでした。
僕はご遺体を落とさないように必死にしがみついていました。なんとかご遺体を棺に納めて、ほっとして故人の顔に目を移すと、一匹の蝿がその額にピタッととまった。途端にある臭いが鼻をついた。鼻の奥にまとわりつくなんとも不快な感じで、吉原部長によるとこれが死臭というものらしい。普段の生活の中では決して嗅ぐことのない臭いだった。死者は腐敗する。その時の僕には衝撃的な事実だった。