ここでは、今まで僕が体験した印象深いエピソードを紹介したいと思います。


それはお盆が過ぎたばかりの頃で、うだるような暑さの午後でした。

葬儀依頼の電話が入り、僕と先輩の滝沢さんに、すぐにご遺体の様子を見てくるようにと、係長から指令がきました。

通常、自宅で亡くなったからといって、こんな風に2人でご遺体の様子を先に見に行くなんてことはありません。

係長に聞くと、亡くなった方は一軒家に一人暮らしで、警察の検視によると死後約1ヶ月が経過しているとのことでした。とにかく2人で行って見てきてくれ、それで必要な物と人員を知らせてくれ、とのことでした。

「なんでやねん」

滝沢さんはかなり不機嫌でした。

「なあ、もうええやろ、いかんでもええんちゃうか? どうせ腐ってもてえらいことなっとんやろ。オレそんなん苦手やし嫌いやねん。お前はそんなん好きやからええかもしれんけど。」

「まあまあ滝沢さん、係長から行ってこい言われとんやから、行かんわけにはいかんやん。腐ってるのは間違いないけど、家に棺が入るのかとか、それを運び出すのに応援が何人いるかとか、なんせ状況を把握せんと」

「いや、でも今からいく家、お前が去年担当したとこなんやろ? しかも亡くなったんはその時の喪主なんやろ」

「そうらしいです。薄っすらとしか覚えてないんやけどね」

「ほんなら、お前はいかなあかんとして、オレはもうええんちゃうんか?」

「ええことない。さあ行こう」

「そんな殺生な」

ゴネる滝沢さんを車に乗せて、目的の家に向かいました。

神戸市の隣、明石市の海に近い住宅地にある一軒家でした。

到着すると、玄関前には年輩の男女が5、6人集まって深刻な顔つきで話し合っていました。僕らが葬儀社の人間だとわかると、一様にホッとした顔をされました。

「あー良かった。やっと来てくれた。」

1人の女性が、笑顔で話しかけてきました。玄関前に近付くと、扉は閉まっているにもかかわらず、かなりの悪臭が漂っていました。

「どなたか中の状態を確認されました?」

僕の問いかけに、初老の男性が1人手をあげて応えてくれました。

「警察に確認してくれ、って言われたもんやから見たんやけど、かなりひどいもんやったわ」

「とりあえず、僕らで中の様子を見させてもらいますが、とにかく故人様を棺に納めて、ここから運び出さないとあかんと思いますので、これ見といてもらえますか」

と、棺のカタログを男性に手渡しました。

僕と滝沢さんは玄関に向かい、今では珍しい昭和を感じさせる摺りガラスの嵌まった横開きの扉を、ガラッとあけました。

途端に凄まじい臭気が襲ってきます。まるで臭いで頬を殴られるような感じというか、ある種物理的な強さを感じさせます。

テレビドラマで新米刑事が状態の悪いご遺体を見た瞬間、吐き気に襲われるシーンがありますが、僕の経験上、たとえバラバラ死体を見たとしても、目に飛び込んできた映像だけで吐き気を催すことはまずありません。原因は圧倒的に、その臭いのせいです。

人の腐臭は、同じ人間にとってもっとも受け入れ難い臭いの1つだと思います。嗅いだ瞬間胃袋に手を突っ込まれて、中のものを引きずり出そうとする力を感じます。


以下、続きます。