1994年、確か5月、24歳の僕は思うところがあって、兵庫県神戸市垂水区の小さな葬儀社Kに入社することになった。
大切な人を亡くした遺族に寄り添い、葬儀を通じて何か自分にできることはないか、といった殊勝な心掛けは微塵もなく、ただひたすらに興味本位と好奇心に突き動かされてのことでした。なんの予備知識もなく、死に対する興味だけで、タウンページで調べた葬儀社に何件か電話をかけ面接を申し込んだ。結局、大手互助会の葬儀社と零細の葬儀社の二社を受けてどちらも合格、悩んだ挙句、通勤距離の短さと給料の良さでK社に決めた。
社長は80歳を過ぎたおじいさん。その奥さんが経理を務め、50歳の息子が専務に就いていた。従業員は全部で6人、僕を入れて7人のこじんまりとした所帯だった。
社長から紹介されると、岡崎という体格のいいおじさんが早速近寄ってきて、
「その若さでこんなとこに来るって、君もなんか言うに言われんような事情があるんか?」
まさか死体が見たいととっさに言えず、口ごもると、
「まあええ、まあええ。みんな少なからず事情があってここにおるねん。仲良うやっていこ」
肩をバンと叩かれ、つんのめりそうになるとガハハと笑い岡崎さんは去っていった。