では、現場の教師はどう思って給料までもらって教育をしているのだろう。
 
 教師B「あまり正しく無いと思いますな
 
 言っちゃったよ先生...。

 そんなコト思ってたんだね教師は。それとも、あなただけ?

 でも教育法で定められている以上はそれ従わなければならないし、それ+自分の方法(テキストなど)をやるには、時間的・仕事量的・生徒の能力とやる量に限界があると。

 日本人はコミュニケーション(話す聞く)は出来ないけど読みは得意なんだね(書きは、センテンスや単語のニュアンスとかがおかしい)!流石だよ知識人。・・これは外人の感想である。
 
 いつの日からだろう。教育が、試験に受かるためのモノになってしまったのは...。
 
 新しい知識、新しい知識をくりかえし暗記し、『なぜそうなるの?』という疑問をもたない。そういった由来も知ろうとはしない。これでは勉強はオモシロくないし、すぐ忘れる。

 あくまでもfeelingでアプローチしたいものだ。

 例えば「refuse to do」と「avoid doing」について。

 なぜ動詞によって後ろに付くのがto doとdoingのように形が違う?「学校では、doing系になる動詞を、メガフェップスだしぃ~(MEGAFEPS.DAC)(Mはmind、eはenjoy....)」と覚えるのだろうか。

 前述の2つについてだが、
〈toには方向性というか、到達点を指す働き(矢印的な)〉がある。
〈doingには動名詞という名前のように、ただの名詞的なイメージ

 そしてrefuseは(拒む・断固拒否)という様な意味があり、do(すること)に対して正面から手のひらを相手に向け拒否る感じがある。だから方向性のあるto。(refuse→(to)→do)
 
 しかし、avoidには(避ける)という意味がある。つまり、doに対して目の前に立ちはばかって『ヤダ!』と言うのではなく、目を合わせないようにして逃げる・避ける感じ。(ジャイアン-のび太の関係)


 よって、〈~なこと〉というような漠然としたよって、〈~なこと〉というような漠然とした名詞を表すから、doingが使われる。
(avoid⊃doing)


また話がそれた...。