『月の海』
〜無いようで有る世界〜



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前回の続き





「あ、これが最後だ!」



そう思い、期待と不安を感じながら最後の大きな一枚をめくると・・・



そこはまるで異世界といった方が良い場所だった・・・。





「・・・!!」


ブクブクと水泡の立つ地面、空気のある水中・電気を帯びた竜の存在・立派な角のある2mもの巨人・温泉?に浸かっている目が3つもある老人・空を飛ぶUFOのようなもの・・・





まるで子供が描いた夢のような不思議な世界がそこに存在していた。


「これは…一体何なんだ?」


呆然としている私の肩を、トントンと優しく叩く人影があった。



「うおっ!!」


いきなりの存在にびくっと肩を震わせると、その私の行動にもびっくりしたのかタキシードが一歩引く。

「おっと、私ですよ。ようこそ、〈月の海〉へ。あなたが滝からなかなか上がって来ないのでずっとここで待っていましたよ。」


「ず、ずっと待ってたって!?なんであの時あんなことしたんだ!」


私は興奮して怒りを隠せないでいた。


「まぁまぁ、落ち着いてください。このほうがスリリングがあって楽しいんじゃないかと思いまして。」


相変わらずタキシードはニコニコ笑っている。


「た、楽しいって…楽しいわけあるか!死ぬかもと思ったんだぞ!」


「おやまぁ…いつも死んだようなハードな日々を人間界でも送っているのに?」


「えっ。ど、どういう意味だよそれは。」


なにかわからないが、タキシードの不意を突かれたようなその意味深な言葉に何故だかドキリとしてしまった。


「その答えはこの世界で自分で気付いてください。私はあなたを肯定しかしませんので。」


「なんかズルいなぁ。なんだよそれ。」


タキシードはそれ以上は応えず、フフッと優しく笑うだけ。
その時、タキシードの背中から何か尻尾のようなものが見えた気がした。


「あ…そういえば、アンタの名前聞いてなかったよな。・・・これも質問に入るからダメか?」


私がそう聞くと、タキシードはスッと元のキレイな顔に戻り姿勢を正して言った。


「私は…あなたですよ。あなたそのものです。」


「んんっ!?オイオイもうそういうのは止めにしてくれないか?もうこの異世界で頭がいっぱいいっぱいなんだよ。」


「フム…先ほど出てきたカーテン、ありましたよね?テントの中の。」


「え、あぁ…。(なんで知ってるんだ?)」


あの過去のことをひたすら思い出したカーテンのことか。


「あれ、私が作ったんですよ。」


「えっ!そうだったのか?あの時、私が単に情緒不安定だったということではなかったのか…。」


フフッ。
タキシードは楽しそうに笑う。まるでいたずらをした子供のようだ。


「まぁ、それはともかく…。」


そう言うと、スススッと私の前で左手を後ろへ伸ばし45度の角度でお辞儀をしながら言った。


「ようこそ、月の海へ。」

と。


「さっきも言ってたけど、その月の海ってなんなんだ?どこにある?」


「とても正確に言えば、月が生まれる前の世界のことです。もともとここは、月の海と呼ばれており、人類や他の生物たちが暮らしていた世界だったんです。」





「う〜ん。淡々とそうやって話すけど全然わからないな。」


「そうですか。月が生まれる前は、実は人類や他の生物たちはこのように暮らしていたんですよ。呼吸もできる海だけでなく、この世界では未知なる創造をも生み出すことができるんです。
あ、もちろん教科書には載っていませんけどね。」


ふむ。私が手紙の中で選んだ〈創造的体験〉ってこういうことかぃ?」


「まぁ、そうですね。ここには実は有名な文豪たちや芸術家など、文化的でクリエイティブな御仁もよく来られていたそうです。」


「えっ!本当に?」


「はい、本当です。」


「ここって一体どうやったら来れるんだい?住所とかってあるのか?」


「来れますよ。」


そう言うとタキシードは自分の頭を指さした。

「住所はここです。あなたの意識次第でいつでもこの世界を創って戻ってくることができます。
つまり、無いようで有る世界とは、このことです。」


タキシードはニコニコと話す。


「そんなこと言ったって…。」


反論しかけて、私は自分の目の前を通りすぎていった大きな存在に釘付けになった。




「あ…これだ…。やっと見つけた。」




タキシードの反論も忘れ、思わず涙が出そうにしまった。

見た瞬間、ハッとするような存在。
それは、私がデザインで悩んでいた時に最後まで出なかった、ジグソーパズルの最後の一ピースだったのだ。


まさか…こんなところで見つかるとは。






クスッ。

タキシードは静かに笑うと、その場で立ちすくんでいる私へふかふかの椅子や温かいコーヒーをどこからともなくササッと用意してくれる。


「確か…コーヒーはいつものブレンドでプレス抽出でしたっけ?」


「えっ、なんでそれを…。」


「私は、あなたですから。」




・・・それで気づいた。



この世界へ来る前の、喫茶カフェでの猫の正体はこのタキシードだったのだ。
私が気づいた時、タキシードもそれに勘付いたようで
「吾輩は、あなた(猫)である。とでも言いましょうか?」

とからかってくる。


「うるさいよ。」


「それより、何か大切なものでも見つけましたか?この世界は〈月の海〉でありながらもあなたの世界でもあるので、求めているものは見つかりやすいと思いますよ。」


「あぁ、見つかったよ。紙とペンはあるかぃ?」


「えぇ、こちらに。」


タキシードはどこからともなく、描きやすそうな紙とペンを目の前に差し出す。


「すごい、何でも持ってるね。」


「あなたの世界ですから。」


私はそれを受け取ると、紙に大きくデザインを描いた。今度は頭の中のイメージではなく、目の前に思い描いたそれがいるのだ。
幻ではなくハッキリと目の前に存在している。


「できた。」


「良ければ見せてくださいな。」


おかわりのコーヒーポットを持ちながらタキシードが言う。


「わぁ、これはすごい。さすが主(あるじ)だ。」





それは、どこまでも澄み渡る蒼い空をバックにした、竜のように上空に浮かんだ大きなクジラが描かれていた。
夕焼けの朝日の赤が青い空と混じり合う、見事なドローイングだった。


「海と空の青さの両方を表現したのですね。一日の始まりの朝と終わりの夕日が同時に存在する、いつでも誰でもどこでも旅がしたくなるような素晴らしい描写です。」


「すごい褒め方だな、照れるよ。私は目の前のまのをそのまま描いただけさ。」


「さすがです。これもあなたが創り出した世界ですよ。そのことを、お忘れなく。」


「ありがとう。…あっ!」



なぜだろう、このタキシードの淹れるコーヒーを飲んだり椅子に座ってリラックスするだけでどんどん発想が出てくる!

私は我も時間も忘れて、ただただ自分の中から湧き上がってくる発想を紙に表現していた。


「主が喜んでくれて良かったです。人生のポイントを見つけましたね。」


「えっ!?なんだって?」


「いいえ、その創造性を止めずにそのまま浸っていてくださいな。
今、この体験をしている自分を止めずとも大丈夫ですよ。」



そしてタキシードは思ったのだ、誰かに問いかけるようにして。






『いかがですか?〈月の海〉へのご旅行、心よりいつでもお待ちしております』
と。





本日はここまでです。
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明日へ続きますニコニコ






ここまで読んでいただき、ありがとうございます😊