この間、
私のツイッターにあるメールが届きました。
見ると、ネットビジネスをやっている人からのご挨拶メールでした。
そのメールには、簡単な挨拶文と、その人のブログのアドレスが書いてあり、
よかったら僕のブログを読んで下さい。
と書かれてました。
別にハッキリとした理由は無かったのですが、何となくその人のメールが気になって、誘われるままにブログを読んでみました。
そのブログは、その人がやっているインターネットビジネスについてのブログでした。
正直、私はあまりそう言うブログには、普段興味が湧かないのですが、
なぜかそのブログには惹かれるものを感じ、
更にその人がやっているインターネットビジネスについての「無料メールレクチャー」に、誘われるままに登録してしまいました。
その無料メールレクチャーを読むと、それもまたなぜかとても興味深く、
色々とタメになる事が書かれており、結局読んで良かった、と思いました。
話はだだそれだけです。
それだけの話なんですが、実は私はこの事にある深いものを感じたのです。
今回私は「たまたま偶然に」ツイッターのメールから、結果的にインターネットビジネスについて知らなかった事を色々知ることが出来ました。
その人からのメールが届いて、その人のブログを紹介されて、なぜその人のブログを読んでみたいと思ったのか?
或いは、その人のブログを読んで、なぜ興味深く感じたのか?
よく考えて見ると、そのきっかけは「たまたま」だったり「ふと思ったり」なのです。
でも、なぜその時「たまたま」や「ふと思ったり」したのか、その理由は不明です。
つまり、自分の感情が一体何処から来たのか、自分では分からないと言う事です。
逆に、以前は面白く読んでいたブログをいつの間にか読まなくなってしまった、と言う事もあります。
なぜ、それまで面白いと思っていたものが、「いつの間にか」面白くなくなってしまったのか?
色々理由を並べる事は出来るかも知れません。
でも、突き詰めていくと本当の理由は、よく分からないのです。
あなたが、これまでにおこなって来た無数の選択枝の源になったもの、
なぜそれを選んだのか?
あなたを導いた偶然のような「何となく」の感情や「ふとした」感情。
その感情が何処から来たのか、あなたは答えられますか?
私たちは、これまで自分で考え、自分で何かを選択している「つもり」だったのかも知れません。
でも本当は、だだ「何となく」や「ふと」やって来た感情によって、人生の大切な選択を行なって来たのかも知れません。
もしかすると、私たちの本当の姿って、「感情」と言う電波を受信する「受信箱」のようなものなのかも知れませんね?(^_^)
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